2020年07月07日

打たれて覚える

あれはいつだったか。




プレジデント範士に稽古をお願いし、
稽古後、ご挨拶に範士の列に並んで順番を待っていた時。
mini98の前の前の学生さんに対しての範士の言葉。



「稽古というものは、防御の技術を磨くためにやるものではない。
あくまで、攻撃のための技術をみがくものである。
そうでなければ、剣道の奥深さが失われてしまうよ」




・・・みたいなことを言われているのを聞いたことがある。
(もちろん、『攻めるばかりが剣道じゃあないよ』的なことも言われていたことを聞いたこともあります)




立ち聞きなんて、
趣味が悪いのだが。




その時のmini98に対していただけたアドバイスは、
「完全に小手を引き出されて面を打たれた場面があったが、その前に、本当に『乗って』いれば、
あそこで『コテーメン』と出ているはず。相手の出によって、小手を合わせる、五分五分ならば、
相手の小手を引き出して面・・・その場その場での手順というものがある。
そこは『打たれて』覚えるしかないんだよ」




ふむ。




なるほど、
お話を総合するとですね・・・みたいな感じで「反省」してみるのです。





言っていただけるうちが花。




打っても、打たれても、
その瞬間「自分は確かに生きている」と思えるような、
そんな気持ちで相手と向かい合いたい。








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2020年07月06日

竹刀は「握らない」が極意

先日の崇菱会稽古での、
プレジデント範士の「素振り」指導。
特に竹刀の握りについてのご指導。


親指が下を向くように握る・・・
いや、握るというよりも、親指と人差し指ではさむ感じですかね。




竹刀を「はさむ」感じという感覚は、
初めて聞きましたし、実際範士の言われる通りに竹刀を持ってみると、
手首の動きが確かに楽です。



さて、それを踏まえて。
大先生方の構えの写真を見るのですが・・・
他の先生方の竹刀の握りと少し違う先生が。




IMG_0177.jpg




持田盛二範士です。
範士の構えの写真は、年代ごとに数枚拝見しましたが、
この「竹刀の握り」はほとんど変わりません。



見たら気づきますが・・・これって「握って」ないですよね?
この感じがプレジデント範士の「竹刀をはさむ」感じに近いのでは。


持田範士の動画は現在でもありがたいことに拝見することができますが、
なんとも柔らかい動き、スラスラと技が出る感じの秘訣は、
この「握り」にあったのではと思ってしまいます。



卵を握るように。
小鳥を逃さないように。



様々な表現を聞いたことがありますが、
いいヒントを頂いたように思います。







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2020年07月05日

理想を伝える

(前略)ルールの変更という話しで言えば、中学生の剣道も、手元を上げる防御姿勢には
すぐさま指導を施すようになったとのことです。
剣道を良くしたい、という指導者的発想によるものでしょうが、
防御態勢の蔓延は、選手たちの意識の中に左手を上げることに対しての「ためらい」がなくなって
しまったことに問題があるように思います。
(桜木哲史教士)



先日の崇菱会稽古で、プレジデント範士がご自分の指導法について、
「思い出話」というか・・・

「自分が本当に「思いつき」で子どもたちにやらせてみた指導法だった。
その時は、どこに遠征に行っても、そんな指導をしている人はいなかったが、
最近の基本稽古を拝見すると、ほとんどのところで、その指導法が行われている。
基本指導の定着というものは、確実に広がっているのだと、感慨深いものがある。」


プレジデント範士は、我々の世代の指導者であると同時に、
教員となり、指導者としても、直接教えを受けてきた世代であります。


そして、現在、
mini98たちが指導してきた生徒たちが指導者となって、共に頑張っている状況。




何が言いたいかというと、




「大事なもの」の伝承がきちんと行われているかということです。




例えば、桜木教師の言われる、
左手を上げることへの「ためらい」みたいなものが・・・
我々に伝わり、そのことをきちんと我々が生徒たちに指導してきたかということ。


だから、(良くも悪くも)現在の生徒たちの現状は、
そのことの「結果」だということです。




「昔は良かった」とか「今は悪い」とか、
切って捨てるような話では前に進みません。場合によっては、
今の攻防は剣道の進化した形なのかもしれないのです。
ただし、戦いの場に身を置くその人が、思い描いた理想の技・戦い方を
実践できているかどうかという点が肝心なように思います。
つまり、追い求めるものが勝敗だけなのか、理想を伴うものであるのか。
その「理想」を伝えるということが、剣道の指導者が負った大事な役割かもしれません。」
(桜木教士)




自分の役割をきちんと果たす。
これしかないのです。






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2020年07月04日

否定的肯定

「私の経験からいえば、防具がなくても剣道の基本は指導できるというところも大切だと思います。
『人と人がきちんと対峙する』(向かい合う)そのことを文化的・身体的・技術的に学んでいく
内容が剣道の中にはたくさんあると考えています。

人を育て教えるということは、肯定、つまり褒めることだけでは事足りません。
深い愛情のもとに、言葉や体罰も含めて『否』を指摘してやらなければたくましい子どもは育ちません。
現代の教育にあって、このことのバランスの悪さは大きな社会問題です。


「暴力」と「剣道」は紙一重。剣道は相手の体を打突し合う、いわば「否定し合う」ことを前提として
互いを高めあう、「否定的肯定の場」を創造してきています。
それが「殺人刀」から「活人剣」への長い時間をかけた歴史的な転換の過程であったわけです」
(「継承と創造」2009「日本」 対談 作道正夫範士)




今日、生徒(たまに若手の教員も含め)を見ていて思ったのですが、
本当にこの子たちは、いい意味でも悪い意味でも、

叱られていないし、誉められていない。

そういう生徒が多いなあということ。
きちんと叱れば、本当に素直に聞いてくれるし、
心から褒めれば、最高の笑顔で返してくれる。





きちんと相手と向き合うこと。




これが大事なんだなあと、あらためて感じました。




初心者生徒と共に取り組んでいる剣道形ですが、
そこでも作Pのおっしゃる「否定的肯定」が表現できないかと思っています。










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2020年07月03日

予習してます





来週の崇菱会稽古に向けて、
剣道形の予習?をしています。


「打太刀は機を見て」の部分を大事にされておられます。
打太刀が機を見て、ということは、当然仕太刀の動き(これは形に現れない場合もあるかも知れません)を感じたからであり、
そこを表現できないかと言っておられるわけです。



ここにこだわって剣道形を稽古しないから、
「剣道形は、審査のために特別にやるもの」になってしまっているのではないか。


「誘う」「打って来させる」ワザを弟子に身につけさせるために、師はあえてその「機」に打ち込んでいるわけです。
だから、仕太刀の誘いが不十分ならば、「まだまだ」と打太刀は簡単には打っていかないのが本来の「稽古」なのかも知れません。





そのことを踏まえて「日本剣道形解説書」を読むと、
「仕太刀の誘いが如何なるべきか」という問いが生まれ、工夫が始まっていくのではないかと。
そして、それはまさに剣道具をつけた稽古そのものであります。




さらに小太刀になると、
「仕太刀が入り身になろうとするところを」とまた表現が違ってきます。
太刀に比べて、持っているものも短い仕太刀がどうやって勝ちを収めるのか、
ここはさらに「胆力」が必要になる。




我が県高体連で、
剣道形試合を始められた先輩方の先見の明には感服します。





一昨年、昨年と、剣道形試合で感じた「違和感」は、
今年の試合で払拭したいと思っています。





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2020年07月02日

厳正なる審判

審判は試合を善導する。



マリア・キリレンコのスポーツマンシップに欠けるプレー



「あなたの行為は許せないわ」と毅然とした態度で選手に伝える審判の姿に感動します。
それに拍手を送る観客もまた素晴らしい。






一度だけ、プレジデント範士が教員現役時代に審判をご一緒したことがあります。
範士主審でmini98副審。




「始め!」試合開始。




今だったら・・・どうでしょう、
その頃よりは冷静に捌けるのではと思いますが、
当時は「うわーF先生と審判するんかー」という言葉が、ずっと頭の中をループしていたことを覚えています。




「止めっ!」と、突然範士の声。




「合議!」
(えっ?えっ?)




選手を下げて、審判が中央へ。
「今、赤の選手が相手を抱えたよな?見えたか?」


mini98・・・見えませんでした・・・・


「そうか、君は?」ともう一人の副審へ問われる。
確かその時の副審の先生も「わかりませんでした」と答えられたと思うのですが。
(つまりは二人とも棄権)

「そうか」と範士。



そして、赤の選手に、はっきりと。
「公正を害する行為、反則一回!」と宣告されました。




うっわー、すげー



・・・と思ったことを覚えています。
記憶としては「mini98黒歴史」の一つなのですが(笑)


もし、mini98が当時の範士の立場で主審として立っていたら、
同じように捌けただろうか。今思うと、
まさに「試合を善導する」立場でジャッジされたと思うのです。


審判としてと同時に、
剣士としての自分のポリシーというか、生き方が問われている。



剣道とはこうあるべき。
剣道はどうあるべきか。



3人の審判は、それぞれそういうものを旗振りで示しているんですね。








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posted by mini98 at 23:23| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月01日

大河の一滴

崇菱会稽古。


本日は剣道具をつけての稽古。
ただ、対人稽古はまだです。



プレジデント範士による基本指導。
範士は前半のシニア班から連続してのご指導。
準備運動からの・・・もうですね、「講話」と言っていいと思います(キッパリ)




竹刀の握り方から構え、礼法からの気位のお話まで。
プレジデント範士の凄いところ・・・うーん、真摯な姿勢というか実直な生き方というか・・・
師の教えをずっと守っていらっしゃる・・・というか、
それだけBB先生の教えが染みついておられるということだと思います。



師の教えは、一滴のしずくでも、
そこから大きな流れとなって大海に注ぐ。
その点では、本日参加された皆さんそれぞれの思いがあったのではないかなと。



この状況だからこそ、
範士もこのような指導をされ、
私たちもその指導を受けることができた。
だから、やはり人生に失敗などないのです。



さて、本日の指導を受けられた方々は、
「礼法」に注目して(これまでもご紹介した動画ではありますが)この動画をご覧ください。



H25学連剣友剣道大会



それこそ「五島の風」が感じられるのではないかと。




さて、休憩後、
面をつけての基本稽古(対人なし)
実はmini98、本日、自粛後初めて面をつけたのですが、
呼吸の感じ、シールド越しの視界など確認できて良かったです。
今後の課題も見えました。ここは頑張らないといけない。




速い動きでは分からないけれども、
ゆっくりとした動きをすることで、衰えている部分を確認することができる。




「小さく、早く」も大事だけれども、
それ以上に「大きく、ゆっくり」は大事。






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2020年06月30日

朗報!

初心者の生徒とずっと剣道形を打っています。



一応、三本目までの「形だけ」は(たどたどしいですが)できるようになってきました。
ただ、一人一人を相手にして、打太刀、仕太刀を繰り返すのは・・・


しんどい(笑)



身体よりも精神的に疲れます。




「構えてー、はい!イチ、ニー、サン!ぐーっとー『ヤー』(『トー』)そうそう!」


目を合わせて、相手の「気」を引きあげながら、
怪我をさせてはいけないので、力を加減しながら対応する。
こちらが合気になろうと集中すると、生徒の気が途切れたところがよくわかる。



「そこで気持ちを抜かない!」
「我慢!」



先生!もう一回お願いします!




「ええよー、でもちょっと休憩(笑)」




なーんて感じで、
楽しくやっています。



自分にとっても、
基本からやり直すいい機会になっています。




あ、そうそう。
今日は、部員が一人増えました!








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2020年06月29日

「エサ」は大事

「学ぶ力」とは「先駆的に知る力」のことです。
自分にとってそれが死活的に重要であることをいかなる論拠によっても
証明できないにもかかわらず確信できる力のことです。
ですから、もし「いいこと」の一覧表を示さなければ学ぶ気が起こらない、
報酬の確証が与えられなければ学ぶ気が起こらないという子どもがいたら、
その子どもにおいてはこの「先駆的に学ぶ力」は衰微していることになります。
(『日本辺境論』内田樹)





主体的・対話的で深い学び。
mini98はこの言葉を聞くたびに、
初めて参加した勝浦研修会での最終日、岡村先生の講話を思い出すのです。




「試合・審査がなくなっても、あなたは剣道を続けますか?」




剣士にとっての「学ぶ力」とはどういう力なのだろうか。


「この道場・学校に入ったら、全国大会に出場できる」
「全国大会に出場したら、進路が開ける」

「●段に合格したら・・・・(ちょっと思い浮かばん(笑))」
(昇段に挑戦する姿を自分が教える教え子に見せるということは、
大事なことだよ、とは言われたことがあります。そのお話には納得しました。)


自分は、そういうものを目の前にしめされないと、
剣道をやる気が失せるのだろうか。



また、失せるような子どもたちを育ててしまってはいないか。



ずっと岡村先生の言葉が頭にあります。




だから、剣道に関係なく、
生徒たちに話をするときにも、
話の内容は気をつけるようにしています。



自分もそうだと思うのですが、
目の前に「エサ」をぶら下げられないとなかなか動けない。
ナサケナイですけど。



でも、その「エサ」が何なのかは重要だと思うのです。
岡村先生のお話は、自分が行動する「エサ」は何なのかを問われていたのではないかと。




金ですか
地位・名誉ですか
それとも。




大好きな童話があって、
イソップの「3人のレンガ職人」のお話です。


旅人が、レンガを積んでいる一人の男に問います。
「何をしているのですか?」


「見て分からんのか!レンガを積んでいるんだよ。全く、朝から晩まで俺はレンガを積まなくちゃならない。
ほら、手もこのとおりさ!」



「大変ですね、では・・・」


そう言って、旅人がまた歩いていると、またレンガを積んでいる男に出会った。
「何をしているのですか?」


「私はね、大きな壁を作っているのさ。この仕事があるから家族を養っていけるんだよ。
ありがたいことだよ」


「頑張ってください。では・・・」


そう言って、旅人がまた歩き始めると、しばらくして別の男がイキイキした表情でレンガを積んでいた。
「何をしているのですか?」


「これはね。歴史に残る大聖堂を作っているんだよ。ここで多くの人々が祝福され、悲しみを払うのさ。
どうだ、素晴らしいことだろう?」



「ありがとうございます。頑張ってください。では・・・」


旅人は、元気いっぱいに歩き始めました。
(みたいな話だったと思います)




どんな「エサ」を子どもたちに示すか・・・
自分はどんな「エサ」で動いているのか。





ずっと悩みながらの毎日なのです。





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2020年06月28日

通身是一刀

先日、大学先輩のs先生とSNS上ですが、お話しする機会があり、
ここぞとばかり、「先輩と丸田範士との思い出の品、お話があればお聞かせください」と、
ズーズーしいお願いをしてしまいました。


S先輩は、mini98が大学に入学したときにはすでにご卒業されておりましたが、
全日本にも出場され、大変強い先輩だったのだと現役先輩から聞かされていました。
大学を卒業し、地元の教員となって、そんな記憶も薄れ、
剣道の指導者というのもおこがましい状態だったmini98でしたが、


今の職場に復帰して、
生徒が頑張ってくれて中国大会に監督・審判として出場した時、
正面のひな壇に座っておられた先輩にご挨拶に行くと、
まるで周知の仲のような扱いで、mini98のことを周りの先生方に紹介していただき、
恐縮した思い出があります。


憧れの先輩であります。


その先輩から、本日ご連絡いただきました。



先輩と丸田範士のたくさんの「思い出の品」の写真が送られてきて、
もう、「思い出の宝石箱やー」状態(笑)


先輩に許可をいただいたので、
ひとつご紹介いたします。




IMG_0175.jpeg



「通身是一刀」とあります。


先輩が丸田範士に以前から「道場に欲しい」とお願いをされていたところ、
先輩の地元に範士が講習会で来られた際に「持ってきたぞ」と渡されたそうです。



調べたのですが、
「通身是一刀」という言葉はないのです。



検索にヒットしたのは、
「通身是手眼」(つうしんこれしゅげん)という言葉です。


通身(からだ全体のこと)が手であり、眼である。
神経をとぎすませて、からだ全体で確かめ、かつ、俊敏に動くことをよしとする。

千手観音はそれを表しているのだそうです。


だからこれは、丸田範士の造語である可能性が高い。




さすがに「範士九段」だなあ。
プレジデント範士が、「mini98君、理屈じゃないんだって!」と言われることに、
通じるものがあるなと(理屈で)思ってしまう(笑)



刀は身であり、
身は刀である。



丸田範士の到達された境地を、
弟子の一人として、遅ればせながらなんとか実感したいと思うのです。




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2020年06月27日

自分が自分を自分する

蓋し兵法者は、勝負を争わず、強弱に拘らず、
一歩を出ず、一歩を退かず、
敵我を見ず、我敵を見ず、

天地未分、陰陽不到の処に徹して、
直ちに功を得るべし。
(沢庵禅師)



君の意思の格律が、常に同時に普遍的律法の原理として、
妥当しうるように行為せよ。
(カント)



もしも自分の身に同じようなことが起こったら、
どう相手に言い返すことができただろうか。


瞬間善処と口ではいうが、
「ここで相手の言うことを聞いておいた方が、後々自分が楽になる」とか、
打算的にそんなことを考え、判断してしまうのではないだろうか。



そんな自分を
「醜い」自分を
しっかりと受け止めなければならない。



前後裁断、正しいか正しくないか。



そんな生活が剣道であり、
そんな剣道が生活である。




「今ここ」を価値判断なしに生きる。



道を切り開いていくと言うことは、
自分の「逃げ道」を作っていくことではない。




ああ、もう、




人を責める資格など、
自分にはないのです。








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2020年06月26日

剣道と気品

(前略)強いといふことも勿論重要なことであるが、強いだけでは物足らない。
「強い剣道」であると共に「気品ある剣道」でありたいものである。

あの人の剣道に「気品」があるか無いかとは
誰にも自然に感じられるものであるが、然らばその気品とはどんなことかといふ段になると、
容易に謂いあらはし難い。

気を花に譬ふれば、
気品はその薫りのやうなものではあるまいか、
あるいは心を光になぞらえれば、
気品はその映ろひのようなものではあるまいかと思ふ。

花鮮やかならざれば薫りを得難く、
光明かならざればその映ろひを望み得ないと同様に、

気品は正しい心、澄んだ気から、自然に発する得もいはれぬ気高さである。
(以下略)

(『剣道と気品』持田盛二範士)







スパイス先生とお電話でお話しする機会がありました。
話の詳細は控えますが、お互いに今回の審査は見送ることを確認しました。
いや、別に示し合わせたわけではなく、意見が偶然一致したということです。




思うのですが・・・結局、「気品」ということに尽きるのではないか。





プレジデント範士は、今回のことでかえって「相手を尊重する」という剣道の本質を
見直す機会になったのではないか、と言われていましたが、
そこを含めて。





気品ある剣道。
気品ある行動。







(業務連絡)





テレビをつけていると、
嫌なニュースばかり流れてきます。
力があっても、強くても、札束で人の頬を叩くような、叩かれるような、マネはするべきでない。





「涙をこらえて」あえて言います。






そういうマネはするべきではない。






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2020年06月25日

それでも、前を向こう。




日本、7月号「それでも、前を向こう」
本名和彦教士。



本名教士は、八段に合格される2年前に頸椎損傷で1年間剣道から遠ざかっておられたそうです。
そこからのリハビリ・闘病を経て、八段に合格された・・・というか、

そうだったからこそ、手先だけでだけではなく、
体全体で刀を振るという感覚を得られたということでした。


その結果としての八段合格。




挫折の中にこそ、前進はある。




「できない」
ことから、
「できる」
は導かれる。



県総体も、中国大会も、
インターハイも無くなった。
でも、そうだからこそ得られるものもあるはず。




だから




それでも、前を向こう。




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2020年06月24日

文化というのならば

崇菱会稽古。


若手の稽古は20時から。
早めに現地に到着し、近くのコンビニでステイ。
minekitiさんからたまたまお電話いただき、しばらく剣道談義。


話題は「マスクについて」
本日、全剣連から「マスクについて」の見解が出されましたので、
そのことについての意見交換。


全剣連の見解については、
稽古前、プレジデント範士からの説明もありました。


詳細は全剣連HPで確認していただけたらと思うのですが、
範士が強調されていたのは、
「マスクは自分が感染しないためではなく、相手を感染させないためのものである」ということ。
「剣道は『相手を尊重する』ことを目的とするものであり、その意味では、
今回のことで、改めて剣道の本質を再確認することに通じるのではないか」ということです。



mini98、大きく頷く。



マスクに関しては、色々なものを実際試して、
自分に合ったものを使っていきたいと思っています。
マスクをしなくても良いという判断は、当面出てこないと思っていますので。
全剣連に聞きたいことはあるのですけれども・・・




さて、稽古は剣道具をつけての稽古はまだ。
体ほぐしとトレーニングという感じです。


これがまた、なかなか。
マニアックM先生の「M」を「S」に変えたい(笑)ような内容でありました。
本日は、朝からつけていたウレタンマスクが破損したため、急遽不織布マスクで稽古に参加し、
さらにフェイスシールド装着でしたので、いい「高地トレーニング」になりました。




相手を活かし、自分も生きる。




これを実現させてこそ「剣道=文化」であると言える。




今こそ、剣士としての我々の底力を見せる時です。







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2020年06月23日

「プロ」であるということ

「教えてイチロー先生」



大好きなことが「仕事」になると、大変なことがほとんどで、心から楽しめなくなる。
それを頑張っていくことができるかどうか。
基本的には「失敗と常に向き合う」時間になるので、すごく大変なこと。

もう一度野球選手になりたいかと聞かれたら、
はっきりと「やりたい」ということはできない。
・・・というのがプロの世界だということを知っておいてもらいたい。




mini98が教員になりたいと思ったのは、
高校時代のパンチMZ先生の影響ですね。
今思うと、破天荒な先生でしたが(笑)でも、「剣道続けたい」と思わせてくれたことに感謝しています。
mini98が教員となって、パンチ先生の考え方に疑問を感じ、食いかかったこともありましたが、(先生ごめんちゃい)
それでもやはり、自分の教員としての原点はパンチ先生です。


教員になりたい
というよりも、剣道部の顧問になりたい
といったほうがしっくりくるかもしれません。



教員としての最初の職場は、
やんちゃな生徒が多く、はっきりいって剣道どころではない。
それでも、その時の教え子がいまだに剣道を続けてくれていること、
彼女には感謝しかありません。
たいした指導もしていないのに。


毎日毎日生徒と格闘し、
全員年上の保護者に「結婚もせず、子どももいないあなたに、何がわかるんですか」と迫られながら、
連日家庭訪問した日々。



きっかけがあって、
こんな仕事辞めてやる!と、職場を飛び出して。


何年かして、卒業生から「なんで教員をやらないのか」とこっぴどく叱られ、
hirotaiさんとタイダイ寒稽古に参加する道中の、お客様からの電話に対しての、mini98の「ありがとうございます」に対しての
hirotaiさんの指摘。(今のありがとうって、mini98さんの教員時代には絶対に出なかった「ありがとう」ですよね)


いろいろな後押しがあっての、
現在の教員生活。



いまだに、
「嫌なこと」の方が多いですよ。
でも、そのことを受け入れることは・・・できているかなあ。



何年かに少しだけ、
ご褒美があるんです。



それが最高の幸せと感じられる。



だから私は今、自信を持って言いたい。



私は「プロ」だと。






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2020年06月22日

武道館とあいみょん

日本武道館


武道家にとってのメッカ・・・というか。
全日本を目指そうというのならばそういう言い方もあるかもしれませんが、
mini98にとって、日本武道館は「聖地」ではない。(目指している方々ごめんなさい)
しかし、自分の剣道を表現し、発表できる「最高の舞台」の一つと言えます。


まあ、場所はどこであれ、
自分を表現・発表できる場は、自分にとって「特別」ではあるんですが。


IMG_0622.jpeg
審査の当日、朝5時頃ですかね。宿泊したホテルから、ジョギングして撮影した武道館正面。

IMG_0626.jpeg
審査を終え(ということは、ということです(笑))武道館天井を見上げた図。


IMG_0627.jpeg
「次こそは!」と武道館を後にしながら・・・光る玉ねぎに誓った図。



さて、ということで、
武道館は武道をする場所であるはずなのですが、
多くのミュージシャンが、ここでのコンサート開催を目標にしているのも事実であります。



「どんな場所で稽古していても、ある意味『目立つ』『目を引く』ようでなければいけんよ」
そうプレジデント範士から言われたことがあり・・・






あいみょん「マリーゴールド」




あいみょん




アイフォンではないんだな。
ぐらいの認識しかないおじさんも、
あの武道館をたった一人で、しかもギター一本で、
見ている観客を釘付けにしてしまう彼女の実力に驚いてしまいます。


まあ、集まっている人は、
みんな彼女のファンなんだから当たり前と言ってしまうこともできますが、
あの独特の形状の建物の中心で、たった一人で。





次、武道館で審査があるときは、
「ひろみょん」とかになったつもりで、
武道館の観客の目を集められるような立ち合いをしたいものです。





「マリーゴールド」いい曲だと思います!




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2020年06月21日

打つべき機会

2004「時代」4月号「構え力」

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先生方の「構え力」
写真からも伝わってきます。
なーんか、見ているだけで「こっちから打っていかんと!」みたいな気になってしまう(笑)




「打つ技よりも打つべき機会を研究せよ」(村上済範士)




打つべき機会は「相手の中」にある。
そのことを「頭」でなく「行動」のなかで理解すること。




「構える」とはそういうことなのでしょうね。




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posted by mini98 at 21:50| Comment(4) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月20日

引退試合

カープ江草、甲子園凱旋で引退の男泣き登板!引退試合の狩野選手とガチ勝負!




広島カープ あと1アウト まさかの神対応 狩野選手の最後の打席演出



観客も、選手も、審判も、
敵味方なく一体となって引退する選手を称えて見送る。
素晴らしい試合だと思います。



なぜ、我がカープの話題なのかというと、ちょうど一年前の今日は、
mini98、ズムスタに行ってるんですよね。(Facebookさんが教えてくれました(笑))



剣道には、試合で有効打突の後、ガッツポーズをすると、
規則27条(試合者に不適切な行為のあった場合、合議の上、有効打突を取り消すことができる)
細則24条(不適切な行為とは、必要以上の余勢や有効を誇示した場合など)
に抵触しますよね。


試合審判規則・細則に則って試合・審判を行う。
確かにそうで、大事なことなのですが。


なんかこう・・・ルールブックに載っているから・・・
という理由だけじゃなく、
魂が突き動かされるようなもので、
剣士が行動を起こすこと。
それが相手を活かすことにつながり、
自分自身の人格形成にもつながっていくような。




「魂のうながし」




これを信じて、迷いなく行動したい。
そういう自分でありたい。





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posted by mini98 at 17:15| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月19日

「はかない命」に向き合う

職場に、他競技の県委員長さんが数人いらっしゃいますので、
今回の新型ウイルス対応について意見交換。


「剣道、ある県で部活再開してましたよね!マスク、してませんでしたよね?」



ハイハイ。確かにね。
全剣連から示された「ガイドライン」の「解釈」の違いなのかなとは思いますが。
現場の対応は混乱しています。
もちろん、「組織として」どういう動きがいいのかという問題はあります。



先日の「崇菱会ガイドライン」の説明会で感じたことですが、
説明に先立って、この春突然亡くなったY先生への黙祷が行われました。
「命ってはかないなあ」と、自分の父親が亡くなった時にも思ったことですが、
その「はかない命」が自分の目の前に迫っている。
自分の行動が、その「はかない命」を左右してしまうかもしれないという自覚を持つことは大事だと思うのです。



感染を拡大させないことはもちろん、
自身が感染しないこと、さらに、熱中症を起こさせないこと、起こさないこと。



個人個人で、警戒(感染防止)することに「やりすぎ」なんてことはないと思うのです。



組織人として、個人として。
何を守って、何を貫き通すのか。





武道の真髄は、
「命を守ることである」









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posted by mini98 at 21:36| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月18日

間合い

フェンシングの見延選手が、ステイホーム中に

100円ショップの「マジックハンド」でトレーニングしたという報道をテレビでみました。
フェンシングの「剣の長さ」がマジックハンドとちょうど同じなのだそうです。
だから、生活のあらゆる場面でマジックハンドを使って物を掴み。
遠くの物も、近くの物も。


これで「間合い」をつかむとともに、
剣を手のように扱うことはできないかと考えられている。



竹刀の規定は(一般で)120センチ以内。
右手から剣先までの長さは、88センチから89センチというところでしょうか。
普段の生活の中で、その「88センチ」が意識できているかなと。




単純に「求める気持ち」がすごいなと思いました。



『マジックハンドで日常生活』





見習うべき部分はあるかなと。





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posted by mini98 at 21:45| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする