2020年06月29日

「エサ」は大事

「学ぶ力」とは「先駆的に知る力」のことです。
自分にとってそれが死活的に重要であることをいかなる論拠によっても
証明できないにもかかわらず確信できる力のことです。
ですから、もし「いいこと」の一覧表を示さなければ学ぶ気が起こらない、
報酬の確証が与えられなければ学ぶ気が起こらないという子どもがいたら、
その子どもにおいてはこの「先駆的に学ぶ力」は衰微していることになります。
(『日本辺境論』内田樹)





主体的・対話的で深い学び。
mini98はこの言葉を聞くたびに、
初めて参加した勝浦研修会での最終日、岡村先生の講話を思い出すのです。




「試合・審査がなくなっても、あなたは剣道を続けますか?」




剣士にとっての「学ぶ力」とはどういう力なのだろうか。


「この道場・学校に入ったら、全国大会に出場できる」
「全国大会に出場したら、進路が開ける」

「●段に合格したら・・・・(ちょっと思い浮かばん(笑))」
(昇段に挑戦する姿を自分が教える教え子に見せるということは、
大事なことだよ、とは言われたことがあります。そのお話には納得しました。)


自分は、そういうものを目の前にしめされないと、
剣道をやる気が失せるのだろうか。



また、失せるような子どもたちを育ててしまってはいないか。



ずっと岡村先生の言葉が頭にあります。




だから、剣道に関係なく、
生徒たちに話をするときにも、
話の内容は気をつけるようにしています。



自分もそうだと思うのですが、
目の前に「エサ」をぶら下げられないとなかなか動けない。
ナサケナイですけど。



でも、その「エサ」が何なのかは重要だと思うのです。
岡村先生のお話は、自分が行動する「エサ」は何なのかを問われていたのではないかと。




金ですか
地位・名誉ですか
それとも。




大好きな童話があって、
イソップの「3人のレンガ職人」のお話です。


旅人が、レンガを積んでいる一人の男に問います。
「何をしているのですか?」


「見て分からんのか!レンガを積んでいるんだよ。全く、朝から晩まで俺はレンガを積まなくちゃならない。
ほら、手もこのとおりさ!」



「大変ですね、では・・・」


そう言って、旅人がまた歩いていると、またレンガを積んでいる男に出会った。
「何をしているのですか?」


「私はね、大きな壁を作っているのさ。この仕事があるから家族を養っていけるんだよ。
ありがたいことだよ」


「頑張ってください。では・・・」


そう言って、旅人がまた歩き始めると、しばらくして別の男がイキイキした表情でレンガを積んでいた。
「何をしているのですか?」


「これはね。歴史に残る大聖堂を作っているんだよ。ここで多くの人々が祝福され、悲しみを払うのさ。
どうだ、素晴らしいことだろう?」



「ありがとうございます。頑張ってください。では・・・」


旅人は、元気いっぱいに歩き始めました。
(みたいな話だったと思います)




どんな「エサ」を子どもたちに示すか・・・
自分はどんな「エサ」で動いているのか。





ずっと悩みながらの毎日なのです。





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posted by mini98 at 22:40| Comment(3) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
エサという言葉はあまり好きではないけれど、私は単純に「気持ちいいこと」かなあと思います。

アドレナリンを噴出しながら、死にもの狂いに何かを追い求めるようなプレーにもナイスプレーがあるのでしょうが、永続性という意味では「ランナーズハイ」に代表されるエンドルフィンの多幸感にかなわないと思います。

バレーボールに関わっている私には、
「日本真竹の竹刀が、しっかりとメンに食い込む瞬間」と
「定気圧の公式バレーボールのスパイクが、選手のレシーブに吸い込まれる瞬間」

の気持ちよさが同等です。

心を込めて、一本一本丁寧に、球出しをします。

「とれそうでとれる球」
「とれなさそうでとれる球」
「とれそうでとれない球」

選手の力を見ながら打ち分けていきます。
このバウンド感は、スパイクを打つ方も、スパイクを受けるほうも多幸感いっぱいです。
(続)
Posted by hirotai at 2020年06月29日 23:45
そうやって、選手の練習をよーくみていると、もしもこれが剣道だったら・・・・と見直す場面があります。

伸びやかなオープンスパイク(遠間からの捨て身のメン)
相手と真っ向からぶつかるブロック(石火の機の出頭メン)

特に、レシーブの陣形が崩された場面から、リベロが大きく上げた二段トスを、エースアタッカーが失敗覚悟で、点をとりにいくでない、逃げもせず豪快なフォームから相手コートに打ち込むさまは・・・・


剣道だったら、どんな技に値するんだろう・・・・。


そうやって見ていると、急に生徒に対して尊敬の念が浮かんできました。
生徒たちが展開するバレーボールへのよろこびからくるこの大胆なプレーに今の私の剣道は及びもつかない。

私の師匠は、「松山」のほかに、「目の前」にいる。


>どんな「エサ」を子どもたちに示すか・・・

「示す」という、この視点ではなく、今の私には、生徒への感謝と尊敬しかない。そんな気がします。
Posted by hirotai at 2020年06月30日 00:01
レンガの話は、生徒たちにもよくします。

一見すると意味がないに思える「レンガを積む」という日々の変わりばえしない単純作業も、その目的をしっかり持って先を見据えていくことで、捉え方が違ってくる。


生徒にはそこ止まりなのですが、さらに、
その「目的」「その先」とは何かを考えたとき、


自分の前に何をぶら下げられたら自分の心は動くのか。


そこをできれば生徒とともに考えられたらと思っています。



生徒に「示した」ものは、
自分にも向けられているんですよね。
Posted by mini98 at 2020年06月30日 21:04
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