2020年04月18日

剣道が「文化」であるために

負けの肯定。



そうでした。
勝とう勝とうとすれば、
大事なものを失うこともあるのだと。



hirotaiさんから久しぶりにコメントいただいて、
範士の方々の「見事な負けっぷり」に気づかされました。



「剣道が文化」であるために、
守らなければいけないことがあるのだ。




打って反省
打たれて感謝。




勝とうとせずに、
相手と一体となって、
相手に「乗る」
勝つというよりも




「自分の進むべき道を切り開く」




それは一見、
人から見れば「負け」という状態に見えるかもしれない。
でも、そうではないのだ。





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posted by mini98 at 23:57| Comment(5) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「負け」「打たれること」の肯定という言葉をなにげなく使い、
「打たれることを恐れない」=「びくびくしない構えの定まった定処ある剣道」
というぼんやりしたイメージを持ち、向き合ってきましたが、ここにきて、その言葉を疑いはじめました。

シンプルに言うと、「負けるという事象を利用した玄妙な勝ち方」があるということです。

例えば捨て身のメンをコテにおさえられたとき、「まいった。お見事」という人と、「俺がメンで勝負したのに、コテに逃げやがった」という人がいます。それまでの2人の攻防の関係から、この言葉だけをとって良しあしはいえないとしても、hirotaiは、長く後者のものいいをしてきたようです。

@「メンで勝負したのに、コテに逃げるとは卑怯」
A「メンで勝負したのに、迎え突きで対応するとは何事」
B「つばぜり合いを解消して勝負をしようとした別れ端を引きメンを打ってきやがった。」

てな感じです。
一見正当な主張のように聞こえる(と考えてきた)ようですが、簡単な話、相手との関係がきちんとできてない状況で行動を起こしている証拠です。
「意味ある相互作用」の欠如といったところでしょうか。(今日も続く)
Posted by hirotai at 2020年04月19日 17:27
hirotaiバレーボール教室は、よかれと思い、徹底的な監督対部員のレシーブ練習に恐ろしいほどの時間をかけてきました。
タイダイの寒稽古を彷彿させるような徹底的な基本練習です。
hirotaiの指は裂け、血が噴き出すほどになりました。それでうまくなった子もいる。


ただ・・・・試合がどうも楽しくない。選手が耐えることに価値観をもっているだけで、試合を楽しんでいるとは思えない。ラリーが続く場面で、選手はしかめっ面をし、苦しみながら試合をしている。
相手を敵だと思って試合をしている。そういうバレーボールがこの子たちが「ママさん」まで続けたとして、望まれる姿か?

悩んだすえ、気づいたことは、「監督・選手」の関係を「選手・選手」の関係がメインになるようにシフトすることが大切だと思いました。

そのうち、選手と選手が、「シンクロ」する動きをはじめたのです。
レシーバーとセッター、セッターとスパイカー。ブロッカーとリベロが呼吸を合わせ始めた。「意味ある相互作用」が始まったのです。
試合が立体的になり、選手が笑いながら試合を楽しんでいる。試合が終わった後に、握手を求めにいっている。そんな雰囲気に変わってきたのです。

見ていて豊かな気持ちになるバレーボール。監督のひとりよがりでないバレーボールになってきました。
(話ちょっとそれちゃったけど続きます)

Posted by hirotai at 2020年04月19日 17:45
「相手に有無をいわさず屈服させる」ことができるのは、実力者なら持っておかなければならない技能とは思いますが、

「相手とシンクロ(調和といったほうが適切?)して、相手が納得するような技を決められる」のは高いスキルなのではないかと思うのです。

捨て身のメンに対して、コテに抑えられる瞬間にも、「読み予測」「反射」のいずれかにより、コテを

@表鎬に乗せる
A裏鎬ですりあげる
B直前で抜く

要領で、あたかもコテに出ることが想定内であったかのような「跳び込みメン」にできるなら、それこそ玄妙な技といえるでしょう。

それまでに、何回も、いいタイミングでコテを打たれる経験が必要です。

「打たれることを肯定する」からステップアップして、

「打たれることを利用する」とでもいいましょうか。
(ごめんなさい。書きすぎちゃった)
Posted by zikishin98 at 2020年04月19日 17:58
「コロナ」により日本だけでなく、世界中がパニックになっています。

ところが、世の中をよーく見わたしてみると、何人かの人は、このパニックをいったん受け入れ、取り乱すこともせず、この状況にシンクロして、人間がより人間らしく生きる新しい価値観や、役に立つ商品を生み出している人がいます。

愚痴ひとつこぼさないで、恐ろしいほど、この「コロナ」を手玉にとって事業を進化させているのです。

hirotaiも、この時間に、自分がいまもっているものを集約して、次世代を生きる子どもの役に立ちたいと思います。

そんな姿勢が、「負けることも内蔵した、捨て身のメン」につながれば剣道がひとつすすむのではないかと考えています。
(長文におつきあいいただき申しわけございません)
Posted by hirotai at 2020年04月19日 18:08
mini98も「後者の物言い」ですね。
今回のhirotaiさんのコメントもそうですが、送っていただいた授業の資料を拝見し、
「意味ある相互作用」の意味について、改めて考えさせられました。

生徒たちの生き生きした姿や、感想。
生徒同士もそうですが、hirotai先生と生徒との「意味ある相互作用」は、
確実に形成されている。


そう感じました。
貴重な資料ありがとうございました。



mini98も慣れない作業続きで参ってますが、
「会えない時間が愛育てるのさ」とヒロミゴーも言っているように、
今だからこそ、作れる生徒との関係もあると思うんですよね。


「捨身」の面、打ってみたいです。

Posted by mini98 at 2020年04月19日 21:18
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