「機と見て打つ」のか。
このブログを始めて、
もう13年以上経ちました。
昨日は過去の自分の書いた記事をずっと見返していました。
数年前の記事では、mini98「機と見て」を正しい機会としているんですが・・・
そもそも「機」をどう捉えるのか。
mini98は、相手の「動き」というか「目に見えるもの」をその基準にしていたのですが、
その「そもそも」から違うのではないか。
・・・いや、
相手から感じる「兆し」が「機」であることは間違いないと思うのですが。
その「機」をこちらの相手を上回る「気」によって生み出すことを「先々の先」
相手と自分の「気」が拮抗する中で、生み出された機会に瞬時に反応することを「後の先」というのではないか。
・・・と今は思っているんですね。
だから、
「機を見て」なのか
「機と見て」なのかは、
機会としてはどちらも正しい。
大事なのは「先」の気持ち。
『年とるってのは細胞が老けることであって魂が老けることじゃない。』
(矢沢永吉)
みずみずしい感性(魂)だけは、
いつまでも持ち続けていたい。
人気ブログランキングに参加しています。
クリックお願いします!

全般ランキング

