2020年10月31日

新人戦男子団体戦!

県高等学校新人剣道大会。
先週の女子団体に続き、本日は男子団体戦。

コロナ禍の中、
熱戦が繰り広げられました。


さて、審判としての課題は、
「鍔迫り合い」「身体接触」の解消問題。


感染拡大の防止ということが、
今回のルールの最大の理由ですが、
ルールがあれば、それに対応し、
最大限利用しようとする者も出てくるわけで、


さまざまな状況が見られましたが、
審判の先生方は毅然とした態度で裁かれていたと思います。


決勝は、
M高等学校 VS K G高等学校
接戦でした。


試合も応援態度も素晴らしかったと思います。
運営に当たられた地区の先生方お疲れ様でした。




来週からは個人戦です!







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2020年10月30日

格の違い

IMG_0244.JPG


マイちゃんパパとの稽古。
完全に乗られたところで無理して打ちにいったところを打たれています。



先日の稽古で唯一mini98が「潔かった」場面(笑)
打たれて気持ちいいなと思えた瞬間。



プレジデント範士の言葉を受け、
マニアックM先生撮影の動画を拝見し、
会長先生、防具屋先生との稽古とmini98の稽古を見比べてみました。



八段一次合格者との格の違いを感じました。


打つにしても打たれるにしても「迷い」がないことと、
自分の打ちに対しての「まとめ」がある。



それともう一つ、
スパイス先生からヒントをいただきました。












5:50あたりからの作Pとバレー範士との地稽古動画にそのヒントがあります。






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2020年10月28日

気持ちの良い稽古

崇菱会稽古。


なんて言うんでしょう。
意識が「自分の理想の打ち」を追い求めちゃってるとでも言うか、
自分がやりたいようにできない苛立ちで意地になっていると言うか。


どちらにしても「無意識」の状態ではない。



われ上位なり。


これは、「お前よりワシの方が上じゃけえの!」という態度ではない。
そういうことではなくて、あなたを上回る気力でこちらは迎えますよ、
ということなのでしょう。



うまくいかない苛立ちから、
勝手に出て行って打たれる。
さらに面白くないから、自分がいいと思う機会をただ待って打とうとする。
自分の思うようなところで相手が出てこないと、打たれっぱなし。



これでいいわけがない。



稽古後、
プレジデント範士からの皆さんへのお話。


「今回の八段審査でO先生が一次審査に合格されました。確か数回一次は合格しているよね?
崇菱会会長も数回合格されていますが、そういう人の稽古を見ていると『打たれて気持ちがいい』
打つべきところで打っているから、打たれた方も納得する。審査では、守り・防御の技術が
評価されるわけではない。相手の攻めに動じないということは評価の対象にはなるかもしれないが、
それでもそこからどう攻撃に転じているかというところを審査員は見ているのだと思う」



ああ、範士のご指摘は、まったくmini98の稽古の課題であるわけです。



側から見ていて、
相手をしていて打たれて、
「気持ちの良い」稽古。



これこそ「意識」しては絶対にできない稽古なんでしょうね。





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2020年10月26日

対話するということ

「京都大学は、諸君に何も教えません」
「諸君が自分で求めようとしなければ、大学では何も得られない」
(京都大学 奥田総長の言葉)




何かを学ぶということは、
そういうことなのでしょうね。


愚痴を言います。


生徒たちにそのことがどうやったら伝わるのかを、
教員というのは考えなければならないのだとばかり考えて来ましたが、
どうやらそうではないみたいで。


「主体的・対話的で深い学び」を生徒に伝える教員が、
まずは主体的に学ぶ姿勢を持ち、対話を重視することが前提だと思うのですが。
我々にはその姿勢は要求されていない。


愚痴を終わります。


でもでも。


稽古はそうはいきません。
主体的に稽古し、相手との対話を積極的にしなければ稽古にはならない。
どんな相手とも、それなりに「対話」をする対応力が必要。
相手が対話をしようとしなくても、私はあなたと対話がしたいと問い続ける。
相手を尊重する、その態度を変えない。


対話とは、
瞬間善処であり、
無意識であります。


相手に対して、自分の望む答えをあらかじめ決めて、
それを押し付けることは「対話」ではありません。
(小手を打ってやるから、お前は面を打っておいで、みたいな)



相手との対話の「糸口」を見つけることが大事なのだと。






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2020年10月24日

県新人戦開始!

県高等学校新人剣道大会。
感染拡大防止のため、団体戦・個人戦、さらに男女別日程での開催、
つまり、今週から4週連続週末は試合です。

本日は女子団体戦。


参加者入場時の検温、消毒。
保護者は選手一人当たり1名までの入場。
マスク着用は必須。


今年度最初の県大会ですので、
細心の注意を払って。


さらに、全日本剣道連盟のガイドラインを受けて、
全国高体連から「共通認識」なるものが出され、

「鍔迫り合い」に限らず、「身体接触」があった場合には直ちに分かれるか
引き技を出すようにする。
「身体接触」後に分かれる際も全国高体連剣道部「申し合わせ事項」を適用する・・・云々。


mini98は審判主任として参加させていただきましたが、
審判としては「分かれ」をかけるタイミングが大変審判の力量を問われる問題だと感じました。

試合の流れを止めることはできませんが「感染拡大防止」というのが「全剣連ガイドライン」「高体連共通認識」の
趣旨だと思いますので、まずはもつれたところでは選手同士を離す。
ただ、引き際の技はOKということですので、その機会を奪ってはいけない。
合わせて、それを利用して自分を有利にしようという行為については厳しく反則を取らねばならない。

その見極めをしなければならない。
これはなかなか大変です。


試合開始当初は、「分かれ!」のタイミングが早いな、遅いなと感じて、
審判の先生方に各試合後お話をさせていただきましたが、
でも、自分があの場に立って審判したらどうだろうと考えると、
これを捌ききるのは大変です。


でも、先生方は見事に本日の審判を立ちきっていただいたと思うし、
選手たちも立派だったと思います。
面マスクをつけて、4分間の試合時間中、鍔迫り合いなく絶え間なく攻め合い、
技を出し合う選手たち。思い切った面、鍔迫り合いに入った瞬間の引き技。
ただ、選手の疲労度はハンパない。

熱中症の心配は季節的になくなってきたかと思いますが、
これは別の意味で選手たちの体力が大丈夫だろうかと思うと同時に、
今までになくいい試合が続いたなとも感じました。
特に決勝戦は締まった試合で、両校ともに力を出し切った感じを受けました。



感染拡大防止はもちろんですが、
これが我が県高校剣道の向上にもつながればいいなと。
その糸口も見えたのかなと思った次第です。



T審判長も言っておられましたが、
これまで「分かれ!」の宣告は、「しっかり見極めて安易にかけないように」と言われていたのに、
「しっかり見極めて積極的にかけるように」しなければいけない。



確かに。




でも、「いい試合」だったなあ。





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2020年10月23日

ぐるぐる

10年前のプレジデント範士との稽古。

「最後の面は何が良かったかというと、面を打つ前の状態が良かった。
こちらの動き、誘いに乗らず中心をはずなさいでいた。機会も良かった。
ただあの機会を作ろうとすると、相手にも相当の力量がないとできないだろう。
 試合がうまい人というのは、中心が取れないと思ったら、それを外して、
当てにくるわけだから「あれ、おかしいなあ」と迷ってしまい、今の状態を
崩してしまわないように気をつけなければならない。せっかく回り道せずに
ここまで来ているのだから」



最近範士から頂いた技術的なことといえば、
左手の握りのことですが、
それとて考えてみたら、そこから自分の気が竹刀に伝わり、
それがそのまま打ちにつながると考えたら、結局10年前のこのコメントに
つながる教えであるといえます。


いったん竹刀を中心からはずしたり、
一呼吸入れてから打ってくる人はいます。
そこを見てしまうと簡単に打たれます。
打てるが故の「迷い」もあるだろうし、
打たれたことでの「迷い」もあります。



迷ったら、また元に帰り、
さらに上に進んでいく。
ぐるぐると螺旋階段のように。



騎手として、自分の身体をどう乗りこなすか。
ちょっと老馬(身体)の方はお疲れ気味です(笑)



明日は朝から出張!







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2020年10月22日

人馬一体

人馬一体

乗馬において乗り手(騎手)と馬が一つになったかのように、
なだらかで巧みな連携が行われること。




例えばこう考えたらどうだろうか。
自分という馬に自分が騎手として乗っている。



若く馬力の強い馬はその力を持て余し、コントロールしにくい。
老馬は力は弱いが力の使い所をうまく使ってやればコントロールできる。
どんな馬でも、騎手はその馬の特性を見出して乗りこなす。


馬自体の健康・体力を維持させることはもちろんだが、
騎手の馬を見抜く目や、感覚を磨くことも大事なこと。


自分という馬に竹刀を持たせ、それを操る騎手。
相手の騎手と対峙した時、お互いに相手の乗る馬を見極め、
自分の乗る馬の調子を受け止めて手綱を緩めたりムチを入れたり。


「人馬一体パートナーと共に挑む」





馬としての自分を鍛えることと、
騎手としての自分を磨くこと。






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2020年10月21日

「知る」ということ

(知るということについて)その後、自分で一年考えて出てきた結論は、
「知るということは根本的にガンの告知だ」ということでした。
学生には、「君たちだってガンになることがある。ガンになって、治療法がなくて、
あと半年の命だよと言われることがある。そうしたら、あそこで咲いている桜が
違って見えるだろう」と話してみます。

この話は非常に分かり易いようで、学生にも通じる。
そのくらいのイマジネーションは彼らだって持っている。

その桜が見えた段階で、去年までどういう思いであの桜を見ていたか考えてみろ。
多分思い出せない。では、桜が変わったのか。そうではない。
それは自分が変わったということに過ぎない。

知るというのはそういうことなのです。

知るということは、自分がガラッと変わることなのです。
したがって、世界が全く変わってしまう。見え方が変わってしまう。
それが昨日までと殆ど同じ世界でも。

(『バカの壁』養老孟司)






プレジデント範士による基本稽古。
先週の「独特の面」からの「出端技」「相手を引き出す・誘う」についての考察。


なるほど。相手からきれいに誘われればいいタイミングでこちらも打てる。
打ってやるからこっちにこい!と誘われれば、「いやです」(笑)
立場を変えれば、mini98のそういう「あさましさ」も相手にうつっているんだろう。


途中、範士が、
「相手の出小手を打つときに、剣先の位置はどうか。ここで止まってはいないか?
ここまで(相手の小手の位置よりも下がるまで)打ち切らないと。クイクイッ(mini98に対し手招き)」

「こう!こう打つんですよっ!」(バシッ、バシッ)


小手からパク、パクッと乾いた音が響く。



現在、風呂から上がってP Cの前に座り、キーボードに手を添えて気づきました。
私の右手首に斜めの赤い線がクッキリと・・・・
打たれた時はそんなに痛みは感じなかったのに・・・
(ゾーッ)


範士からは、たくさんのご指導をいただくわけだが、
たくさん知識を得ているから、私は「そのこと」が「わかっている」と思っている。
でも実はそういう「わかっている」ほど危険なものはない。







「知る」ということは「変わる」ということ。







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2020年10月20日

こりゃまた失礼しました!

・・・望月範士が「持田先生、今日はおめでたいことがありますのでこちらへお座りください」
と申し上げると持田先生は道場へ入り「今日は何があるんですか」と言って座られた。
そこへ都合よく渡辺事務局長が十段の免状を捧げて来て持田範士にお渡しした。

すると範士はその免状をポイと前に置かれると沈黙されてしまった。
範士が免状を受け取られたら全員で拍手するという手筈が完全に狂ってしまい、
道場の幹部たちは顔色を変えた。さあ困った。座は完全にシラけてしまって、
司会は会の進行が出来なくなってしまった。

・・・持田範士はこの時、集まった人たちを前に次のように語っている。


「実力がなくてこんなものをもらって価値があるだろうか。
私の剣道は日暮れて途遠しです。皆さんは若い。頑張ってください」



・・・全日本剣道連盟会長をつとめた故石田和外先生は、剣道十段位の
資格には次の二つの条件が必要だと言われている。


一、剣道の実力が十段に相当すること
二、自分で十段を欲しがらないこと






「持田盛二範士」



段が欲しくて稽古するのか、
それに相当する実力を求めて稽古するのか。


え?そんなことを考える前に稽古しろ?


そりゃーそうだ(笑)








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2020年10月19日

無意識の技へ




無意識を作り出すため、
意識的に「形」を作って、それをとことん繰り返す。



プレジデント範士が基本稽古でよく言われるのが、
「言われたことを、言われた以上に自分の中でやってみる。やろうとしてみる」
それはやはり、自分を一旦捨てて、正しい「形」を身体に覚え込ませるための入り口なんだろうな。



うまくやってやろうとしない。
基本を忠実に繰り返していく。



そこからしか、「無意識の技」なんて生まれてこないんだろう。



身体に委ねること。
自分の身体を信じること。



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2020年10月18日

初心と直心

「・・・しかし、テレビや新聞を通して一定の情報を得ただけの私たちには
わかりようもないことがたくさんあるはずです。その場にいた人の感覚、
恐怖だって、テレビ経由のそれとは全く違う。にもかかわらず、ニュースを見ただけで、
あの日に起きた出来事について何事かが分かったような気でいる。そこに怖さがあるのです。
現実のディテールを「わかる」というのは、そんなに簡単な話でしょうか」
(『バカの壁』養老孟司)




わからないということをわかる。
ということが大変重要であることが、
年齢を重ねるごとにわかってきた。




「叱られる」という経験を、
この歳になってすることも大事なことだなあと。




わかった気にならずに、
素直にわかろうとする。
何歳になっても、その気持ちを、
何かを習い始めた時のあの気持ちを忘れない。









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2020年10月17日

努力

「イチロー インタビュー」



努力は報われるとは限らない。
努力と感じている状態はまずいでしょうね。
人からは努力に見える。
でも自分にとってはそうじゃないという状態が作れれば、
勝手に報われることがあるかもしれない。



この歳になって、
思い切り怒られるという経験をしました。



これも大事な経験。







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2020年10月16日

意味ある相互作用

剣道は剣法による意味のある相互作用である。


剣道における理法は、純粋に科学的認識の客観的法則性でもなければ、
純粋に倫理的な規範でもないであろう。合理性の追求と同時に
不可知としての剣と人間への願行を今ここに、からだを持って繰り返す
実践こそが、人間生成ににおける目的そのものであろう。
合理性の追求と同時に不可知としての剣と人間への願行を今ここに、
からだを持って繰り返す実践こそが、人間生成におけるもう苦的そのものであろう。
(『艸生庵残筆』湯野正憲範士)



剣道は、理論・理屈ではない。
しかし、理論・理屈のない剣道は、
地図もなく荒野を冒険するようなものだ。
向かっていくべき目標を見失わないように、
理論に基づいて、実践を繰り返していく。
そのひたむきな行為こそが、
『人間形成への道』である。




最近、あらためてそう感じるのです。





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2020年10月15日

会心の一本

「稽古の中で、『会心の一本』を求めるということを追求してみてください。会心の打ちというものは、
「狙って」いては打てないものなんです。無意識の、思わずの打ちを求めていく。これを心がけてみてください」



崇菱会稽古は、密を避ける為、現在のところ六十歳以上のクラスと、若手のクラスとに分かれて稽古しています。
後半のジュニアの部に参加するとき、早めに会場に着くと、シニア稽古の後半部分が見学できます。
冒頭の言葉は、先日の稽古でのプレジデント範士のシニア参加者に対しての終わりの言葉です。
できるだけ早くきて、シニアの稽古を拝見してから稽古に参加するようにしています。



早起きは三文の徳というけれど、
まさにそれです。



スカイ先生が今回の稽古の動画をアップしてくださっています。

「崇菱会ブログ」


硬いですね。ガチガチですね。
自分では「打ちたくなったら打つんや」を実践しているつもりですが、
なかなかそれは難しいことです。反省です。
でも、進歩も感じています。




「剣道とは、刀を手にし方便に従い相手を前に置き、仮に勝敗を論じ、
真の自己の、今の、ここの精一杯の働きを鍛錬し、人生を創造することである」
(沢木興道老師)




ここだ!ここで打たれてもしょうがない!
と思うところで打って出る。

家族には迷惑かけたけれど、
自分の人生、自分で選んだ道を生きてきた。
そう言える、そういう打ちを打てるように。




打ちたくなったら打つんや!





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2020年10月14日

思うことあり!

崇菱会稽古。



地稽古の前の基本稽古で、プレジデント範士が
少し変わった・・・というか、説明されれば「なるほど」と思う基本稽古を
取り入れられました。



範士が現役の教員であった時、その指導法が剣道雑誌で特集されたことがあります。
まさに「主体的、対話的で深い学び」そのもの。
今回の稽古法も、プレジデント範士の豊かな発想力を感じました。



その稽古法で身体も温まり、気力も充実。
すればよかったんですが(笑)



さて、稽古。
カッシー八段に一番かかり。
「五分五分から、攻め勝ったと思うところ」に集中。


OKD範士の名言「打ちたくなったら打つんや」は、
裏を返せば「打ちたくなるまで打ってはいけない」だと。

打ちたくなーる・・・と心の中で言い聞かせながら(笑)


これがねーなかなか難しい。
でも、自分を信じてとにかく出る。
ちょっとでも怯めば打たれる。これは納得。
一本だけ小手が手応えがありましたが、
打った体勢が悪かった。
カッシー先生、ありがとうございました。


さてさて。続いて稽古。
「ここだ!」と打って出たら「小手!」「面!」これも納得。
今日mini98にかかってこられた先生方!もう少し遠慮してくださいね(笑)




もう、あまりに打たれすぎて、清々しいどころではない。





でも、これだなと思うこともありました。







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2020年10月13日

積み重ねてきたもの

「第112回京都大会」



まず、どう相手とぶつかり合うかの争いがあり、それを経て、
五分五分から五分六分になったところで打って出る。



プライドとプライドとのぶつかり合い。
お互い背負って来たものがあり、引くに引けない。
「背負ってきたもの」の質が問われている。


歳を取れば取るほど、
体が動かなくなってくればなるほど、
「何を積み重ねてきたか」が問われる。



自分が正しい呼吸をしていれば、
相手の呼吸の乱れがわかる。




先生方の立ち合いを拝見することで、
いろんなものが見えてきます。
自分の「成長」の度合いで、
見えてくるものも変わってきます。







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2020年10月12日

プライド

只管打坐の七ヶ条。


(1)端坐
端坐ということの本義は、体の姿勢を正すことなり。心よりも身に、理想よりも現実に
観念よりも行いに。身体の姿勢を正す。人正の実に秘奥、究極にまで通徹しておる
大事なり。偉大なる別天地を展開せしむ。


(2)吽修
吽はうなる。本能的なものを純化した形でうなれ。白隠の吽、倉田百三氏の吽、
禅者との吽を阿吽の呼吸として説く。余の剣法は吽の前の、阿の以前の息。自然に入る
未却の処におく。剣法の為意なり。他者不知、余不言。


(3)無心
よこしまのない心、かどかどしさのない心、むさぼりのない心、いきどおりのない心、
ぐちのない心、歪みのない心、明るい心、清い心、美しい心、温かい心、おおらかな心、
健康な心。


(4)門法
相手の本音を聞く。問いただすのではない、相対の剣法ではない、絶対得である。
天眼一流の構えのことだ。条件をくれてやる。花を描いて春を描かむ。唯観唯行の
聞法だ。



(5)般若
生まれながらに持っている知恵、どんなものでも消化しまうところの知恵、自然良能。
消化の化は変化である。化は精神力になる。「般若」は人生万般にわたり究意の消化力である。



(6)菩提
般若の知恵で消化されたものが菩提である。空智、空ずる。菩提=本当の自己。

(7)道得
真実の自己ー真実の自己が般若の知恵=道得(現成)=平和。道りいう=般若の知恵で消化
→仏教→禅


自分が

自分で

自分を

自分する



(『艸生庵残筆』湯野正憲範士)



「構える」とはこういうことかと。



剣道は、プライドとプライドのぶつかり合いだよ。


自分がやってきたことを信じて、
これまで指導してくださった先生方、
ともに稽古してきた仲間や、生徒へ対する感謝。
私にとっての「プライド」とは、そういうものなのかなと。




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2020年10月11日

狙っていては打てない

「出端というのは、剣先で「うかがう」のではなく、構えのところで、
どう相手とぶつかり合うかの争いがあり、それを経て、
五分五分→五分六分のところを打って出る。
 多少タイミングは遅れてでも、攻め勝った勢いで打って出る。
それができるようになれば、打ち負けなくなってくると思うんだが」
(プレジデント範士)






先生は相手と構えあった時に、どういうタイミングというか、
何を感じて打って出るんですか?



OKD範士とマニアックM先生と食事をご一緒した機会に、
「mini98さん、何か質問があるじゃろう?なんか聞いてみんさい!」
と言われて、範士に聞いたのがこの質問。



その時のOKD範士の答えが、
あの有名な言葉(mini98調べ)



「うーん。それはな・・・打ちたくなったら打つんや・・・」



です。
今考えると、mini98の質問のなんと的外れなことよ。
そして、OKD範士の答えが、そんなmini98になんとか
理解させようとしながらも、ギリギリ「極意」を外れずに
伝えようとしてくださっていることがわかります。



冒頭のプレジデント範士の言葉と合わせ考えるに、
まさに「直心是道場」が大事であると痛感します。




本日は、学生時代に車の免許を取って以来、
数年ぶりに運転する息子の車の助手席に乗り、
教員になって初めて引率した修学旅行で、
生徒に「先生、こんなん子供だましみたいなもんよ!」と騙されて、
大嫌いなジェットコースターに乗った時以来の恐怖を味わいました。


いや、それ以上だったかも。








狙っていては出端は打てない。





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2020年10月10日

人間観察

本日はたくさんの中学生・保護者をお迎えしてのオープンスクールでした。
コロナ禍での開催でしたので、職員一同、これまで以上の気持ちで取り組みました(きっと)

さて、mini98は会場内の案内役。
受付を済ませ入場してこられた方々を、密を避けながら適当な席にご案内する役目。


これがなかなか「稽古」になる。


会場に入ってこられた姿をパッと見て、
この会場内のどこにご案内すべきかを判断して声をかける。


こちらへどうぞ!


というmini98の声に対する反応で、また判断。
会場の後方か、前方か。
真ん中か、右か左か。


こちらでいかがですか?
「ありがとうございます」と返される方もいらっしゃれば、
「いえ、ここで結構です」とスタスタ逆方向へ向かわれる方も。


そうかー今度は別の声かけでやってみるかな・・・


と、人物観察。


攻めるか、迎えるか。
どっちにしても、こちらの「いらっしゃいませ」の心からの気持ちが相手の心を動かす。



昨日の小川先生の岡村先生に対するお手紙の内容にも通じて。
「一歩も後へ引かない」気持ちでいること。
(形の上では間を切ることもあるかもしれないが・・・しかし、動画を見る限り、
mini98の場合は「下がって」いますね)





やっぱり、剣道はいがっぺよ!







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2020年10月09日

剣道はいがっぺよ

拝復

 先日日本武道館で稽古を御願いした時の私の注意は御手紙の通りに
受けとめられて良いと思います。
 ご参考までに面を打つ時の左手に對する注意をもう一歩進めて
申し上げますと、左手と左足と腰との三点すなわち左半身となります。
 剣道の稽古は、心は平常心、構えは左半身をかため(後足の踏み付け
河野佐三郎先生は左足のひかがみを伸ばせと教えている)あとへ引かぬ心
之が大事。これで懸中待待中懸の心が成り、相手に一念が萌せばその
機先を制するのです。これが八段の位です。
 心の問題は説明では盡せません。説けば説くほど遠ざかってしまいます。
獨り稽古、試合の上で百錬自得してください。

 また機会がありましたらお互い稽古の上で研究いたしましょう。
 時節柄ご自愛専一に願います。
 右一筆まで。
                          合掌

  三月三日
                     小川忠太郎

 岡村忠典様
     侍史

(『百歳までの剣道』岡村忠典著)






なるほど。
先日の稽古がうまくいかなかった理由がわかる気がします。
結局、左手を意識するあまり、左手が効いていないということですね。





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