2020年07月31日

7の理

7月も今日で終わり。
さて、



剣道形考
太刀七本目。


「大日本帝国剣道形」


仕太刀の中山先生は、二歩で残心まで持っていかれていますが、
現在では「右ー左ー右」の三歩。(二歩目で斬る、は共通?)
動きは多少違いますが、「理合」は同じとすれば、
なぜ竹刀剣道とは違って「折敷き」になるのか。


「胴の切り(打ち)方の基本は警視庁剣道基本にも示されているよう、
あくまで「矢筈」(中心に向かって左右対象に切り込むの意)と教わった。
したがってここでは相手の右脇腹から臍まで切り込む意識が重要で、すれ違いになりながら、
このことを表現するので、自分自身の体勢が下方に沈んでいくことになるのである」
(「日本」9月号 岡田教士)


「折敷胴」


水平に斬るのではなく、
袈裟に斬るから、刀に身体が沿って動いた結果なのですね。









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2020年07月29日

理合を稽古に活かす

日本剣道形太刀5本目。



打太刀に対する仕太刀の構え。
「講習会資料」改定前は「刃先は下を向く」とあったものが、
現在では削除されています。



「仕太刀の左拳(手元)は、やや前に移行して構え、
剣先は打太刀の上段の左拳につける」



竹刀稽古の際、
相手の上段に対しての攻めは、
左拳を攻め、相手の小手を狙う。
それを嫌って相手の左脇が開けば「突き」
突きを嫌って相手が脇を絞れば「左小手」を打つ。
丸田範士から、そう教わったと思います。


どう相手の左拳につけるかは、理合を考えなければいけません。
だからあえてここははっきりと書かれていない。
「研究の余地」が残されているわけです。



戦前の範士先生の剣道形と、現在の剣道形は確かに細かな面では違いがありますが、
「理合」に関しては変わらない。



本日の崇菱会稽古で、プレジデント範士よりここは明快な説明をいただきました。
合わせて、相手の上段に対する仕太刀の構えは「中段変形の構え」となるということ。
つまり、試合であれば「中段変形の構え」をとっている場合、そこで左小手を打たれれば有効となることを、
審判員としては知っておかなければいけないとのご指摘がありました。

これは、審判員としても、高校生以上の指導者としても認識しておくべきところであると感じました。



剣道形は「先々の先」 ー 仕太刀の「誘い」に打太刀が引き出される。
それから「後の先」  ー 仕太刀と打太刀がどちらも引かない中で、「反射的」に打太刀に仕太刀が応じる。
この二つの作用がある。ここを竹刀稽古に活かしてもらいたいとも範士はおっしゃっていたのですが、

本日の稽古で、mini98は「乗る」(剣道形4本目の動き)を意識して稽古しましたが、
「意識して」やれば、どんどん「乗る」から遠ざかっていく感覚があり。
途中、K先生に見事に出鼻面をいただきました。






これが「理合」というものです。






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2020年07月28日

そこに「物語」はあるか。

昭和の歌と、平成の歌の違いについて、
テレビの番組で解説していました。


「木綿のハンカチーフ」
(歌詞の四番目で初めて「木綿のハンカチーフ」が出てくるところに意味があるのです)



歌詞に物語がある。
情景が見える。一編の物語を見るような。



それに対して平成ソング。



「つけまつける」



リズムと韻を踏む歌詞。
歌詞に意味はないけれど、感覚に訴えるというか。





何が言いたいかというと、
やっぱりそこに「物語」を感じられるようなものってなんにしても素敵だなと思うのです。



竹刀一本、
剣道具一組。



それについて、何かを「語れる」ことって。



「日本剣道形」



「ヤー」「トオーーッツ」


ここに「物語」を感じる。みている者にそれを感じさせられる。



日本剣道形については、
様々な先生方の動画がアップされていますが、
それぞれの「物語」が感じられる。



そこに「魅力」があるんですよね。







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posted by mini98 at 21:18| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月27日

最後の食事

「最後の時、食べたいものを 希望かなえるホスピス」



自分が最後に食べたいものはなんだろうか。
もちろん、公式発表では


「ツマ(刺身のそばでないほう)の特製鶏肉の唐揚げです」



・・・と言っておきます(笑)


ですが、もう二度と食べられないと同時に、もう一度食べてみたかったものがあります。
それは、美容師の母が仕事で料理などする暇が無かった時に、父が作ってくれた「チシャ揉み」
(チシャ菜とマグロフレークを混ぜ、酢と砂糖で味付けした簡単なものです)


何回か自分で作ってみたことがありますが、
やっぱり「あの味」にはならない。


mini98には「おふくろの味」はありません。
「おやじの味」が心に残っています。(かあちゃん、ごめん)



そういえば、
父は、最後に何が食べたかったのだろうか。
病院で、食事の介助をするときにも、好き嫌いなくなんでも食べてくれました。
でも、やっぱり「思い出の味」ってあったんだと思うのです。




チシャ揉み




食べたいなあ。
(ツマの唐揚げも捨てがたい)






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posted by mini98 at 18:56| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月26日

気は大納言。

現在の対面稽古で心がけていることは、


「無駄な発声・打突をしない」ということですかね。



自分が打てる機会は、
打たれる機会でもある。



だから、「無駄」かどうかの判断は難しいのですが、
これまで以上にmini98の手数は少なくなります。




相手を最大限尊重(決めるならば一発でと心がけ)して、しかも自分の精一杯の技を相手にぶつけるためには、
相当の覚悟と身体の準備が必要となる。
このことをあらためて実感しています。



一度書店で手にして、
「いや、やはりやめとこう」と書店の書棚に戻した本があります。







もう一度、手にしてみますかね。




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2020年07月25日

武士道精神って

「日本剣道形ってそういう意味だったのか」
(『日本』2005年1・2月号 佐々木博嗣氏)

剣道形の一本目から三本目までを「技」としてみると、

一本目「お互い上段からの面抜き面」

二本目「お互い中段からの小手抜き小手」

三本目「お互い下段からの突き返し2段突き」

・・・というおよそ竹刀剣道では考えられない「技」となっている。

だからこれは「技」を教えようとしているのではなく、
「理」を教えようとしているというのが佐々木氏の意見です。


佐々木さんの理論はこうです。


一本目は、剣道では最も基本とすべき「間合いの測り方とその大切さ」を教えようとしている。
そのため、師である打太刀は、あえて相手と剣先を合わせることのない上段に構えて、
間合いを測りにくい状況を作る。
しかも、打太刀は自分の剣が届く最大限の間合いで打ってくる。(だから「仕太刀の柄もろともに打ち下ろす気構え」
が大切となり、打突後やや前屈みとなることも意味がある。)

それを仕太刀がギリギリの間合いで抜くところにこそ、一本目の見せ所でもあり、その意味でもある。
そして、「敵より遠く、我より近い」間合いの妙味を会得していく。



二本目。
師である打太刀は「正中線」の大切さを伝えようとする。
打太刀は、仕太刀の刀の幅ギリギリに打っていく。これでは本当ならば、鍔に当たってしまう可能性が高いはず。
だから、打太刀は小手ではなく、自分の正中線を斬って見せている。

それをギリギリの間合いで抜いた仕太刀が、打太刀の正中線を外し、
自分の正中線を真っ直ぐに斬りにいくという、あくまで「正中線上の闘い」を表している。
だから打太刀・仕太刀とも、剣先は終始自分の正中線を外れることはない。
そのことで、一本目で学んだ「前後の見切り」に加えて「左右の見切り」を知るわけです。



三本目。
これは、昨日の記事の岡田教士や、プレジデント範士の四本目打太刀の動き説明のとおり、
「中心」の取り合いの「理」を伝えようとしているもので、
特に「入れ突きに萎やす」動きこそが「中心をとって相手に『乗る』」ということの大切さを伝えようとしている。



さらに。


佐々木氏は、静岡の井上範士からの教えとして、

一本目「正」(相手を一刀両断→人間として生きていく上で、決して正しいばかりが全てではないという反省)

二本目「仁」(相手より優位に立てば、そこに「慈悲」の心が生まれる)

三本目「勇」(勝つとか負けるとかに心を動かされない「不動の心」の表現)


を付け加えられて、さらに掘り下げて考察されています。
「一本目が「戦いに勝つための術」を教えている形だとすれば、この二本目は
「術から剣道本来の道に進む」その入り口を教えていると教わりました。
術から道へ、剣道の修行は、この二本目の形の修練を通って、剣道本来が
目指すべき「道」へむけた三本目の修行へと入ってゆきます。」




形だけをなぞることは簡単!・・・と思いきや、
本当にその「形」を表現しようとすることは並大抵ではない。


刀という相手を殺すための武器を扱い、
自分の命を曝け出しながら、
敵を「生かして」勝つ。
「相手の身を滅ぼさずに活かして」勝つ。



そこをふまえて、
もう一度じっくり確認したい動画。




「大日本帝国剣道形(完全版)」
(全日本剣道連盟HPより)




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posted by mini98 at 19:07| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月24日

剣道形の学び方

時代9月号
「続・日本剣道形の学び方」





中田範士のご説明の部分では、
特に所作・礼法のご説明がこれまでの特集では、
中々無かった部分で、具体的で、写真付きで充実していました。


岡田教士ご説明の部分では、
三本目の「入れ突きに萎やす」動作は、

「剣と身体で相手に「乗る」ことを教えている」

と表現されていた部分を見て、
先日のプレジデント範士の四本目の打太刀の動きのご説明と繋がる部分があり、

剣道形の動きの理合を研究し、
理解して実際の稽古に活かしていくというサイクルはやはり大事ですね。



さらに読み進めていきたいと思います!








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posted by mini98 at 19:01| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月23日

会心面を打つ技術

夜分遅くに大変失礼だったのですが、
minekitiさんにお電話。少し確認したいことがあり。


現在、全剣連から「稽古再開について」と「審査会開催のガイドライン」と「熱中症対策」については示されているが、
「試合開催」についてのガイドラインは出てたかね?


・・・の確認です。



さて、



約10年前の「時代」記事。
「会心面を打つ技術」藤原崇郎範士。


「・・・つまり届く間合いに入っても、相手が嫌だと思ってくれなければ打てないし、
相手が嫌だと思っても、届く間合いに入っていなければ打てないのです。
問題はその詰め寄り方ですが、「いくぞ」の気持ちで攻めるより、「こい!」の気迫を込めて
迎え入れるつもりで詰め寄る方が相手に迷いが生じやすいように思います。
 間合いの入り方については各々が工夫するしかないのですが、
なぜ入るのか、その目的を忘れないことです。焦ると入ることばかりに意識がいってしまいがちです。
打つために間合いに入る。もしくは相手を入らせるわけですから、打突できる体制を作っておかなければ
かえって隙を与えることになります。・・・私もその一本を目指して稽古していますが、試行錯誤の毎日です。」



間合いに入れば良いということではない。
入るには、入るための理由、入れる理合が必要だ。
入ると決めたら迷わない。
そして、考えられるあらゆることに対処する覚悟を持って入る。



打って反省
打たれて感謝



が成立するのはそれが前提。



策もなく、理合もなく入れば、
「飛んで火に入る夏の虫」
もし、まぐれで当たったとしても、
そこに「反省」は生まれないのです。




プレジデント範士の言葉、
私結構「人生訓」として捉えてるところがあるんですよね。







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2020年07月22日

巻き押さえる

日本剣道形四本目。

打太刀八相、仕太刀脇構えで前に進み、互いに切り結んで相討ちとなった後、

「双方同じ気位で互いの刀身が鎬を削るようにして自然に相中段となり、打太刀は機を見て刃先を少し仕太刀の左に向け、
右足を進めると同時に、諸手で仕太刀の右肺を突く」と『日本剣道形解説書』にはあります。




『剣道講習会資料』には、この部分について、

「打太刀:機を見て刃先を少し右に向け右足から進むと同時に、物打の左鎬で巻き押さえてすり込みながら「ヤー」の掛け声で
仕太刀の右肺を突く」
「仕太刀:打太刀が巻き押さえてすり込みながら突くはなを、左足を左前に、右足をその後ろに移すと同時に大きく巻き返して
「トー」の掛け声で打太刀の正面を打つ」となっています。


この「打太刀が巻き押さえてすり込みながら・・・」の部分は、『剣道講習会資料』の見直しの際(当時の全剣連普及委員会剣道形部会長は、井上義彦範士)に、「実際の動きに則した記述にするために」付け加えられたものです。(それまでは「仕太刀が打太刀の突くはなを巻き返すので・・・」の記述)


切り結んで、鎬を削りながら中心を取り合っている時に、
相手に乗り込んで、巻き押さえられそうだという「機」を見て打太刀は突くのですが・・・



これを本日の崇菱会稽古で実践してみました。
これは、中心をきちんと取り合ってくる相手には有効であると感じました。
自分が相手に迫り、相手も自分に迫ってくる。そのギリギリの感覚の中で、どこで打って行ったら良いのか。
これはずっと前からの課題。そこも含めて、

mini98、これまではプレジデント範士の特徴的なこの動きを、ただサルマネでやっていただけだったのですが、
その理合を応用?すると、なるほどなるほど。だからこういう動きになるんだと納得。

ただ、中心をとってこない、
タイミングで打ってくる相手には使えません。
でも、そこで打たれてしまうのにも、それなりの「理」があるのだろうなあ。




剣道形は、やはり竹刀剣道に通じるものがある。
というか、そこに気づかなければいけない。




OKD範士の名(迷)言?

「打ちたくなったら打つんや!」の理解に少し近づいたかもしれません(笑)





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2020年07月21日

応援するということ

何年かに一度見返しては泣いてしまう(笑)



「ある女性ファンとイチローの感動の軌跡」



このあと、イチローが再びマリナーズに帰ってくるのも、
球団が受け入れるのもわかる気がするような、ファンと選手の関係です。



さて。



野球の応援といえば、
開幕当初は「無観客」で、現在は観客を制限して、鳴り物禁止で。
mini98は、現状を考えると、球場にいく気にならず(その前に行けないのですが(笑))
もっぱらテレビ観戦。

ですが、なんかですね・・・
高校野球の地方予選の応援とか、2軍の試合に行って、選手を目の前にして応援しているような感覚。
選手の声や、打球音や、走って駆け抜ける音、観客のヤジ(笑)が聞こえてきて、
私はこっちの方が好きかなと思ってます。


確かに、実際に球場に行って応援すると、
チャンステーマでみんなで盛り上がったりする「イベント」的な楽しみ方はあるのですが。



さらに。



剣道の応援ですが。
mini98の個人的な意見としては、やるとしたら「無観客」で、
会場に入る選手の人数も制限しながらの開催だと思っています。


選手をどう試合させるかについての課題も山積していますが、
状況を見ながら「瞬間善処」していくしかありません。



観客を入れての試合開催となったとしても、
忘れてほしくないのは、



剣道での応援は「拍手のみ」であるということ。



ですから、今各競技での試合開催についての「ガイドライン」において、
「観客の声を出しての応援は控える」という項目については、
こと剣道競技においては、「本来の状態・望ましい状態に近づく」ということだと思います。



そして、敵味方なく
いい技・試合態度に対しては惜しみない拍手をしていただきたい。



SNSやYouTubeで、全国の剣士が稽古再開に向かって工夫しておられることを目にします。


選手にとっても、それを取り巻く応援者にとっても、
今回のことが、さらに剣道が良くなるきっかけとなれば。



全て終わった後に、
点と点が、線で繋がれば良い。




そう思っています。









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2020年07月20日

あらためて「乗る」ということ

「相手に乗る。面を意識するあまりに、裏が疎かになる。
裏を意識すれば、表が疎かになる。
そこが「乗る」の難しさかもしれない。
相手と自分との間に、縦軸(正中線)と、自分を貫く一本のパイプ
のようなものを意識できると良いのではないか」
(プレジデント範士)


この時の稽古で、
最後にmini98を打ち抜かれた範士の口から出た言葉。


「余計なことをしようと思うからよ!」



自分が「こう打ってやろう」と思えば、
相手にそれが映る。



自分のタイミングだけで打ってはならない。



まさに、「いくぞ!でなく、さあこい!」の気分で。
その時の相手との関係性にこそ「剣道」がある。








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2020年07月19日

知と愛

「知と愛とは普通には全然相異なった精神作用であると考えられている。
しかし、余はこの二つの精神作用は決して別種の者ではなく、
本来同一の精神作用であると考える。しからば如何なる精神作用であるか、
一言にて言えば主客合一の作用である。我が物に一致する作用である」
(『善の研究』西田幾多郎)




相手と自分との垣根が無くなった時、
あるいはそれに近い状態になった時に、
「有効打突」が生まれる可能性が大きくなる。
そのためには、その機会を捉える「技術」と、
なぜそうなるのかという「理合」が必要である。


知=技術
愛=理合


と考えてみる。



「何を「他者」と考えるかによって、その人の世界観は変わってきます。西田の場合は、
ここに亡き子、すなわち死者が含まれています。
既に亡くなった愛する者の存在を私たちは「知」の力だけで認識しようとはしません。
そう試みることは、ある意味では危険なことかもしれません。
そうしたとき私たちの中に自ずから「愛」が動き始めるのではないでしょうか。
ここでの「愛」は、「愛しみ」と置き換えた方がより深く感じることができるかもしれません。
「知」の力はしばしば人間を迷路に導きます。
「知」の力だけに頼る時人は、自分が万能であるかのように思い込むのです。
そうした迷いから私たちを救い出してくれるのが「愛」の力です。」
(100分で名著 若松英輔)






愛を持って、その技術を磨こうとする態度の中にこそ「人間形成の道」=「善」がある。



剣道がスポーツにとどまらず、「哲学」(人間はどう生きるべきか)に通じ、
「文化」(我々がどう生きてきたか)として生き残っていくために、
必要な考えなのではないだろうか。




「我々が花を愛するのは自分が花と一致するのである。
月を愛するのは月に一致するのである。
親が子となり子が親となりここに初めて親子の愛情が起こるのである」
(西田幾多郎)








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2020年07月18日

魂のうながし

先週の中学生対象オープンスクールに続き、
本日は小学生対象オープンスクール。


オンラインであります。
内容は先週と同じく、学校紹介動画の後、
zoomでの「なんでも質問コーナー」


今回mini98とペアになったのは、
中学から入学してくれた現在高校2年生の生徒。
まあ、もう「阿吽の呼吸」と言いますか、
お互いに気心しれていると言いますか。


前回は様々トラブルがあったわけですが、
今回はスムースに進みました。
相手は小学生なので、画面には保護者の方はもちろん、
お婆さんらしき方の姿もあり、家族総出で、という感じ。


「何か質問ありますか?」と聞くと、



「うーん。将来〇〇になって、海外に『出張』したいんですけど、どうしたらいいですか?」



・・・うーん。とりあえず、勉強頑張ろうね(笑)
ちょうど、mini98とペアの生徒が勉強が得意な生徒だったので、
あとは生徒に任せました。
小学生と中学生の勉強のすすめ方の違いなど話していましたね。


「他に質問ありますか?」

「えーっと。将棋部はありますか?」

「無いですねー(笑)剣道部なんてどうかね?」


「・・・・(反応なし)」
「えー私からも質問いいでしょうか?」(と保護者の方)


・・・っと残念ながら剣道には興味がなかったようですが(笑)
あとは、入試の方法などの質問をいただき、ここはmini98の出番。
じっくりとお話させていただきました。


無事に質問コーナーを終え、
生徒にお礼を言って、報告書を書いて提出し帰宅。



地区剣道連盟から5月審査の「代替審査会」についての連絡が届いていました。
mini98は、すでに県、市の連盟には連絡済みですので・・・



今の状況で、
前に出るべきではないという自分の判断です。



「前に出られない」状態と、
「前に出るべきではない」と自分で判断した状態は、明確に違う。



自分の「いのち」と、相手の「いのち」
どちらも大事だと思えば、そうそう出られるものではない。



「魂のうながし」に今は従おうと思います。







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2020年07月17日

やられたら・・・倍返し?

半沢直樹。


KO大学剣道部出身。
結構激しい剣風ですね。



仕事のことで何かをふっきりたい時や、
友人を元気付けるきっかけに稽古しているようです。


IMG_0010.jpeg



「やられたらやり返す。倍返しだ!」とは、このドラマの有名なセリフですが、
剣道シーンでは、そんな感情は感じられません。


「学生時代の真っ直ぐな気持ちを思い出す」とか、
「壁を突き抜けていかなければならない時」に、登場人物たちを奮い立たせるきっかけとして
剣道シーンが使われています。




半沢たちの「生き方」を示しているというんですかね。
そういう場面で「剣道」が象徴的に使われていることは喜ばしいことだと思います。




ドラマ自体は、
不正をはたらく相手を、完膚なきまでに叩きのめす様が「痛快」なんですけれどね。





やられたら、感謝する。
その上で、次は倍返しだ、のつもりでお互いに稽古する。




新シリーズがいよいよ始まりますが、
mini98は「剣道シーン」がどこで出てくるかに注目したいと思います!








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2020年07月16日

プライドを持つということ

「五段くらいになってくると、面をどう打つか、小手をどう打つかではなく、プライドとプライドのぶつかり合いというか、
気位対気位という気持ちでやっていくように変わってくるものと感じているんです。また、そうなるべきだと思っています。
面を上手に打てるから五段になったということでは決してない。
自分の剣道に対する心構えとか気構え、あるいは相手に向かっていく執着力、そういうものが打ちとなって表れていく。
そういう捉え方をした方が、迷いを持たず思い切ってかかっていけるのかもしれません」

「それこそ逆に『使いこなされる』という経験を積まないと(使いこなすことは)身についていかないでしょうね。
使いこなされてもなお向かっていく姿勢が大切だろうと思います」

(『剣道昇段への道』藤原崇郎範士)







授業をする時、
一つの教材を、複数クラスで教える際、
必ずと言っていいくらい、「同じ授業内容」にはなりません。
というか、むしろ、そうしないように心がけています。
(もちろん、教える内容に差はありませんが)



同じ教材でも、それを聞く生徒が違えば、
当然話し方や、例え話や、結論は同じだけれども、そこに至るまでの過程が違ってくる。
むしろ、どんな過程になろうとも、時間内に必ず同じ結論に持ってくるのが「技術」だと思っています。



だから、
崇菱会稽古でのプレジデント範士の指導は、
mini98にとって、教員の大先輩としても大変参考になる構成となっているのです。



mini98、初任者研修という歳でもないですが(笑)



生徒として、講義を受講しながらも、
範士の言葉や、示範のやり方や、立ち居振る舞い等々。
参考にさせていただいています。




今日の気分はすっかり「プレジデント範士」
だから、木曜日の本校剣道部生徒は幸せだ(笑)







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2020年07月15日

竹刀を刀として扱う

マニアの皆さんご存知のこの動画。


「巻き上げ」



・・・についてのプレジデント範士のお話。
本日稽古に参加された方は、範士のお話と合わせて、
もう一度ご確認お願いします。
確かに「刀として」あつかわれていますね。
なるほどですよね。



それにしても、プレジデント範士の本日の解釈・説明は納得です。
確かにそうです。


昨年のインターハイ審判講習会でも、
竹刀に触らずに「弦が回っている」ことを明確に選手に示すようにと厳しく言われました。
それも同じ「理」でのことだったんだと(今気づく・・・とほほ)


本日稽古の締めくくりは、
2分の回り稽古、2分の休憩✖️3


いやー
大汗かきました。


相手との「呼吸合わせ」「合気になる」感覚が、
まだ取り戻せていませんね。
ここは、剣道形稽古でもしっかりと自覚して、
さらに取り組みを進めたいと思います。



今日は、とっても素敵な「誕生日プレゼント」をいただいて、
大満足なmini98なのでした!



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2020年07月14日

善の研究

「我々が花を愛するのは自分と花が一致するのである。
月を愛するのは月に一致するのである。
親が子となり、子が親となりここに初めて親子の愛情が起こるのである」
(『善の研究』西田幾多郎)




う〜ん、難解。



しかし、確かに「剣道と自分」が一致した瞬間めいたものを
言葉では説明できないけれど、我々剣士は知っている。


その瞬間には、地位も名誉も金も、
損得や利害というものは成り立たず、
ただ、ただ。



自分も相手もなくなるその瞬間。




それを「善」というのなら、
確かに剣道は、人間形成の道に通じるのかもしれません。








マニアの皆様、
お祝いコメントありがとうございました。






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2020年07月13日

武道の礼儀作法

以前、プレジデント範士が、
学生に対して、道場を走る際、頭を下げて小走りする「過度な礼法?」について注意されたことがあります。



「それをする「意味」が理解できない。部旗の前や、人の前をどうしても横切らなければならない時に、
頭を下げて通ることはある。でも、そういう場面でもないのに何故そうするのかを考えたことはあるのか?」




過度な礼法はかえって失礼。




生徒たちには言うのです。
「そもそも、人の前を横切る行為そのものが失礼にあたるものだということは知っておきなさい。
どうしても横切らなければならない時は、頭を下げて『失礼します』と声をかけてから通るように」



礼法を知らないことも、もちろん失礼。




「礼法」には、そうしなければならない「意味」や「必然性」がある。



剣道にも、もちろん「礼法」がありますが、
その「必然性」とは。



全剣連がそう言っているから・・・なのですかね?



「剣道は日本文化」と言うのならば、
そこら辺をもっと追求していく必要があるのではないかと思うのです。






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posted by mini98 at 23:43| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月12日

文武両道

オンラインオープンスクール2日目。


ZOOM質問コーナー。
本日も本校生徒とドキドキしながら受験生の「入室」を待っていました。


時間になっても入室なし・・・
まっ、いいか。
本校生徒(高3)とお喋り。


ところで・・・どうして我が校を受験しようと思ったの?今更だけどね(笑)


「私、吹奏楽のクラブ推薦で入学したんです。親は公立に行って欲しかったって言ってたんですけど、
でも、ここを選んで良かったですよ」


吹奏楽部は大変だね。(mini98も実は吹奏楽部の顧問経験あり)
こういう学校行事の時もいつも手伝ってくれて・・・ありがとうね。


「先生、私思うんですけど、こういう大事な行事に声をかけていただけて、
逆に『学校の役に立てているんだ』って思えて、私の方が逆に感謝しているんですよ。良かったなって」


そうかーでもそれって、あなた大事なことを学んだと思うんだよね。



・・・とか話していると、係の先生から連絡。
「先生、その受験生に連絡してみたんですが、『え?申し込んでましたっけ?』って保護者に言われて(笑)
確かに申し込みはされているんですが・・・質問は無いそうなので・・・先生ごめんなさい」


なるほど。
私はいいんだけど、この高3の生徒がかわいそうですよね。



丁寧にその生徒に謝って、
でも、今日は有意義な話を聞かせてもらったと伝えました。
(今日も吹奏楽部の活動があるそうで、すぐ練習に向かいました)



肩透かしを喰らったようで、
そのことでいい話が聞けたことも確か。



我が校の吹奏楽部は、吹奏楽素人のmini98から見ても大したものだなと思っていたのですが、
その力の根源は、生徒一人一人の「人柄」なんだなと。



今だから言いますが、本校で「強化クラブ」制度が導入される時、
mini98は、試合で実績のある生徒に声をかけ、それを単純に生徒募集につなげるやり方は良くないと思っていました。
(今でもその考えは変わりませんが)



今日の生徒の話を聞いて、
「文武両道」と言っておきながら、実際は体育コースと受験コースみたいに分かれている学校と、
本校とは違うんだ(違って欲しい)という思いを強くしました。




嬉しかったです。


いい日曜日でした。





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posted by mini98 at 19:12| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月11日

ギリギリの攻め合い

本日、我が校オープンスクール。


・・・ですが、毎年かなりの保護者、生徒が来校されるので、
現状を考えると開催は・・・無理かな・・・と我々おじさんは思っていたのですが、
若手の先生方が企画し、「リモートオープンスクール」という形で開催されました。


あらかじめ参加希望者にお伝えしておいた時間に、
学校紹介動画を配信し、視聴していただいた後、
本校に対する質問がある方へはZOOMで対応。



mini98も本校生徒とペアになって、受験生の質問に答える係の一員となりました。
まあ、かなり機材の扱いについては、生徒のお世話になりましたが(笑)


受験生と繋がるまでは、
生徒と共にドキドキした時間を過ごし・・・
さて、どんな質問が飛び出すか。
まさに「瞬間善処」です。


しかし、いざ繋がって見ると、本校生徒のおかげもあり、受験生とも話が弾み、
楽しい時間が過ごせました。



「第114回 京都大会範士八段の部」
ギリギリの攻め合い。
打てばやられる、守れば打たれる。
それでも前へ。





明日はオープンスクール2日目。







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posted by mini98 at 22:40| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする