2020年03月19日

歳の取り方は大事です




教士は、剣理に熟達し、識見優秀なる者
範士は、剣理に通暁、成熟し、識見卓越、かつ、人格徳操高潔なる者
(称号・段級位審査規則)



いちおう、こういうことになっています。
(「いちおう」と言うのは失礼かもしれませんが)
この差はなんなのか。


そこは追求しません。
しませんよ。



が、この映像をみる限り、
剣理に「熟達」と「通暁」の差があると思うんですよね。
奥園範士の攻めがすごい。たまらず中村教士が引き出されたところの胴は絶妙です。





そこに「差」はやっぱり感じる。




後半の「識見優秀なる者」と「人格徳操高潔なる者」の差は、
はっきり言って感じません。それは、その人による。
そして、それを人が判断すること自体に無理があるのです。
修行年数を重ねたから、人格が高まるとは限らない。




思うに「歳の取り方」は大事です。




例えば、プレジデント範士を例にとると(範士、ごめんなさい)
様々な教え子たちの話を総合して判断するに、若きプレジデント範士は、
かなり「怖い」存在で(笑)今のルールに照らし合わせると色々やらかしてらっしゃる(笑笑)
でも、教え子たちのハートをいまだにグッと掴んでいるのは、


剣道も強いけれど、
そこだけではない指導者としての「魅力」と言いますか。
それがあるからでしょうね。




なんで今日、こんな話をするかというと、
自分なりに頑張ろうと思っていたものを、他人によっていきなり目の前から奪われたからです。




でも、そんな人ばかりじゃない。
そう思いたい。と思っているときに真っ先に浮かんだのが、
mini98が前職を退いた時に「大丈夫か?」と真っ先に連絡してくださったプレジデント範士の優しさだったのです。




だから私は、
最後まで「人の優しさ」を信じたい。
何があっても。




人の心を動かすのはそこだと信じたい。





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posted by mini98 at 17:51| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする