2020年03月14日

そういうことではない

「鍛える」という発想そのものが、
「弱さ」を構造化する。私はそのように考えている。
もちろん、鍛えていれば、その範囲では筋力は強化され、
決められた運動は早くなる。また同じ運動を繰り返しているうちに、
人によっては、できるだけ身体への負担を減らして効果を高めるためのより合理的な
身体の使い方を工夫するようになる可能性もあるだろう。

ただし、その場合でも、
稽古指導者が、その稽古の目的は「鍛える」ことではなく、
「より合理的な体の使い方を工夫させること」であると理解していなければ。

「手抜きをするな」とか「言われたのと違うことをするな」と言った誤った指導によって、
せっかくのバージョンアップの機会を逸することもある。
(『修業論』内田樹)






素振りしても、
走っても、
「鍛え」きれない部分がある。


しかし、「鍛え」なければそこの部分を表現しきれないこともわかっている。



アベちゃんは、
「お外に出て、運動してもいいかも」と言ったけど、
「でも、閉鎖された空間で、近くで向かいあってお話したりすることはやめようね」とも言った。



アベちゃん。
それじゃあ「鍛え」られんところがあるんよ(笑)




いろんな意味で、
「緊急事態」であることに変わりはない。





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posted by mini98 at 23:55| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする