2020年03月02日

竹刀という剣は

攻めは、
近間でも、遠間でも同じ気持ちで。


その「攻め」の根拠は何か。


相手に勝ちたいから?




いいえ。





私自身に嘘をつきたくないからです。
そのことで、自分自身の「誇り」を保てると思うからです。
そういう自分でありたいと思うからです。





昨日の記事の最後。
こんなことを書く気はなかったのですが、
なぜかこんな文章になってしまった。
削除することもできたのですが、そうする気にもなれず。



今日、あらためて考えてみました。



その結果、今回だけでなく、これまでの生徒たちとのやりとりそのものが、
「剣道」であったのだと思い至りました。



さらに、
今、自分の前にいる生徒に対して言っていることは、
自分が過去に接してきた生徒を背負った上での発言というか、その子たちに対して嘘がつけないという思いだったり、
その時自分ができなかったやるせなさだったり、そういう思いを持って、現在目の前の生徒たちの目の前に立っているのだ。
そういうことに気づかされました。




打ったこと、打たれたこと。
むしろ「打たれたこと」のほうが、
今の自分の糧になっている。



そういうことが、
「ブワッ」と出てきて、思わず出てきた文章だったのだなと。




明日から、我が職場もいわゆる「無観客試合」です。



「先生ってのは、生徒がいるからこそ存在できる」ということを、
思い知らされる期間となるんでしょうね。




竹刀という剣は相手に向ける剣であると同時に、自分に向けられた剣でもある。



生徒を叱ったり、褒めたり励ましたりすることは、
教員自身に向けられたものであるのだ。




憎たらしい娘っ子たちですが(笑)
次に会えるのが今から待ち遠しいです。






人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!




   


posted by mini98 at 23:28| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする