2019年11月30日

剣道は爆発だ!

生きるよろこび
まことに、芸術っていったい何なのだろう。
素朴な疑問ですが、それはまた、本質をついた問題でもあるのです。
芸術は、ちょうど毎日の食べものと同じように、人間の生命にとって欠くことのできない、絶対的な必要物、むしろ生きることそのものだと思います。
しかし、何かそうでないように扱われている。そこに現代的な錯誤、ゆがみがあり、またそこから今日の生活の空しさ、そしてそれをまた反映した今日の芸術の空虚も出てくるのです。
すべての人が現在、瞬間瞬間の生きがい、自信を持たなければいけない、その喜びが芸術であり、表現されたものが芸術作品なのです。そういう観点から、現代の状況、また芸術の役割を見かえしてみましょう。
(『今日の芸術―時代を創造するものは誰か』岡本太郎)







芸術は爆発だ!



剣道とは芸術というのならば、芸術とは何か。



それは、それをする人の瞬間瞬間の生きがいであり、自信である。
自分自身が光り輝く瞬間を表現していく作業である。情熱である。


爆発力とは何か。
その時々の自分の、瞬間瞬間の精一杯の「表現」である。



だから「剣道は爆発力」だ。



言葉ではないと昨日言いながら、
それでも言葉で表現しようとしてしまう。
悲しいマニアのサガ(笑)




生きるよろこび
まことに、剣道っていったい何なのだろう。
素朴な疑問ですが、それはまた、本質をついた問題でもあるのです。
剣道は、ちょうど毎日の食べものと同じように、人間の生命にとって欠くことのできない、絶対的な必要物、むしろ生きることそのものだと思います。
しかし、何かそうでないように扱われている。そこに現代的な錯誤、ゆがみがあり、またそこから今日の生活の空しさ、そしてそれをまた反映した今日の剣道の空虚も出てくるのです。
すべての人が現在、瞬間瞬間の生きがい、自信を持たなければいけない、その喜びが剣道であり、表現されたものが剣道そのものなのです。そういう観点から、現代の状況、また剣道の役割を見かえしてみましょう。
(前文章、mini98改編)



IMG_1260 3.JPGIMG_1319 2.JPGIMG_1331.jpg



壮大な富士を目に焼き付けながら、
帰ってきました。


終わった瞬間から、次への準備は始まっているのです。



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posted by mini98 at 21:47| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月29日

直指人心 見性成仏

ハチダン審査
今回も捨てきれない…というか、
あれだけ心掛けてきた「打ち抜く」かけらも出てこない。

審査後、観覧席に戻るとスパイス先生が娘さんとともに
mini98の席近くにいらっしゃったのでご挨拶がてら
マニアック談義。美しき娘さんに目もくれず(笑)
どーたらこーたら…先生ごめんなさい。

ハンサムMさんが動画撮ってくれたのですが、
それをスパイス先生に見ていただいて、
それから、今後の課題もいただいたように思います。
いつもプレジデント範士が言われていることですが、
「爆発力」が必要。気持ち的にも、それを表現するための身体づくりも。

普段稽古をしていて、
時々思いもよらず打ち抜けることがあります。
自分でない自分、でもそれは確実に自分。
その自分になかなか出会えない自分。

今回の審査ではそんな感じがしました。


「直指人心、見性成仏」


 「直指」とは、直ちに指すこと。
文字、言葉などの他の方法によらず、直接的に指し示すことをいいます。
「人心」とは、感情的な「心」ではなく、自分の心の奥底に存在する、
仏になる可能性ともいうべき本心・本性・仏心・仏性といわれるものです。
ですから「直指人心」とは、自分の奥底に秘在する心を凝視して、
本当の自分、すなわち仏心、仏性を直接端的にしっかり把握することをいうわけです。
(黄檗ネットより)


理屈ではない。
実践の積み重ねでしか、
自分自身には出会えないのだ。


去年「九段下」(=八)で宿泊し、これは縁起の良い!と思い、
今年は「八」王子で宿泊だったので、もうこれは確実!
と思ったんですが。


そんな縁起担ぎでは受かるはずもない(笑)


南嶽懐譲禅師が般若寺に在住の折り、一人の修行者が熱心に坐禅をしているのを見かけます。
 南嶽は声を掛け、問答が始まります。
「貴公は、そこで黙々と坐禅にふけっているようだが、一体何をしているのか」
「はい、今、一生懸命坐禅三昧に入ろうとしています」
「坐禅三昧に入って何をする気だ」
「坐禅して仏さん(覚者)になるのです」
「坐禅して仏さんになろうとするのか」
といいながら庭に下りて甎のかけらを拾いとり、庭石の前に坐り込んで、
ガシガシとこすり始めます。驚いた修行僧は、けげんな顔をして、南嶽に問いかけます。
「老師は一体何をなさろうとしておられるのですか」
「鏡を造ろうと骨折っているのさ」
 修行者は笑いながら、
「ご冗談でしょう。かわらをいくら磨いても鏡にはなりませんよ」
 それを聞いた南嶽和尚、突然ムックと立ち上がって、一喝します。
「かわらをいくら磨いても鏡にはならんように、いくら坐禅しても仏にはならんぞ!」
 この一言が、修行僧の脳裏をえぐります。
「坐禅しても成仏できないとなれば、私はどうしたらよいのでしょうか!」
 南嶽和尚、じっくりさとします。
「牛車が動かなくなったら、車をたたくのがよいか、牛を打つのがよいか?」
 修行僧、涙を出して礼を述べます……。
(黄檗ネットより)


ハチダンのカタチをマネしてもダメなのだ。
mini98のやっていることは、かわらを磨いて鏡をつくっているようなものなのだ。


応援のコメントくださったマニアの皆さん。
ありがとうございました。




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posted by mini98 at 20:16| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月27日

江戸の敵を長崎で討つ

崇菱会稽古。
プレジデント範士ご不在でしたので、基本稽古担当しました。
先日のコーチ遠征での範士のご指導内容を「チラ見せ」しながら(笑)進めていきました。


面打ちの「打つ手順」について。

腹ー足ー手の順番で打ち出す。
呼吸で打つ。
左足のつま先で右足のかかとを蹴飛ばす勢いで。


そのうちぬけができるようになったら、
相手への対応へ。

まず、中段の構えを崩さずに相手の打ちを制する・・・はい、前回範士も言われてましたよね。
それでですねえ・・・あ、SG さん、お相手いいですか?(コーチでmini98が監視していた方です(笑))

はい。相手が今の面を打とうとする。ぐっと、はい!(SGさんどうぞメンヘ)
・・・その出ようとするハナをmini98の剣先が制する・・・はずが、
(SGさんは大きく振りかぶる癖があるのを忘れておった(笑))


するりと剣先をすり抜けたSGさんの竹刀は、遠慮なく面をつけていないmini98の頭へ。




「パシーン」(乾いた音)




思わずmini98、「こ、コーチの恨みをここで晴らしましたねっっ」と叫ぶ(笑)
SG、おぬし腕を上げたな・・・ふっ。




その後の指導稽古。
面をつけていると、横で面をつけておられた会長先生から、
「mini98さん、最初に一本やろう!」と声をかけていただく。

面を打ち抜かれ、
面を打ち抜き、
スッキリした部分と
もやっとした部分と。

それでも、いまさら考えても仕方がない。
結局、普段通りに稽古。


会長先生、ありがとうございました!
なんか、最後スッキリしました。


稽古後、KG先生と剣道具談義。
お話の中で、竹刀が軽くて振り回しやすいと、
今日の基本稽古でやった面打ちの手順を踏む前に面に出て当たるから、
なかなかその段階までいかないんですよねーということをお聞きする。


なるほど。


使う道具って、大事ですよねー
と、マニアックな二人の話はまとまったのでした。



明日は寒くなりそうですね。



富士山、見えるといいなあ。




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posted by mini98 at 23:43| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月26日

そのまま攻めになりかわるまで

あなたは「試合」と「昇段審査」が無くても、
剣道を続けますか?



初めて参加した勝浦研修会講演で、
岡村先生から講習生に問いかけられた言葉。



あらためて今、その言葉を噛み締めてみる。



高い壁、
厚い壁に阻まれて、
先は見えない。



「同じ打ち、同じ攻めというもの、二度繰り返されるというものはない。
剣道は、一人の剣士が打ち出す技も、それぞれの、その時の条件によって変化するものである。
習慣的な技であってもそれが言える。しかし、自然に出る動きの中に、自ずから理法によって
現象が異なる。この自然の理法を体を通して身につけることの難しく、師は自ずと、人により、相手により、
心して変化される」
(『艸生庵残筆』湯野正憲範士)



審査に挑戦するからこそ、自分のいたらなさがよく理解できる。
そして、試合に出場されなくても、剣道界で最高の段位と称号を手に入れられてからも、
なおも自らを律し、さらに向上し続けられる姿を目の前で見ることができる環境にあって、
そこを目指さないでいられようか。



「苦しい修行のうち、何度行っても心の扉は開かれない。開かれない扉の奥に
春の気を感ずる日がある。厚い扉を通して春の匂うことがわかる。それでいいのだ」
(『前掲書』)



冒頭の岡村先生の言葉。
mini98、以前にお聞きした時よりは、
少し気持ちが変化してきたように思います。



ここに
あるものが、

攻めに、そのまま
なりかわるまで

そのまま、攻めに
なりかわるまで。



岡村先生は、湯野先生が追い求められた「もの」を
自分が追い求めつつ、我々にそう言われたのかもしれませんね。



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posted by mini98 at 22:56| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月25日

問題提起!

以前、県審判講習講師要員講習会の真っ最中に、一方の選手が場外に出て、
三人の審判員が合議を省略する表示をして、「反則一回」と主審が宣告したとたん、
プレジデント範士が「やめ」をかけられ、参加している講師要員(つまり、各地区で審判講習会の講師となる先生方)に対して、
「問題提起」をされたことがあります。



「今の場面で、副審の一人が『場外の判断に疑問を持った』として、その時の具体的な手順はどうしたら良いか?」



これは、ヨーク『審判試合・審判規則、細則』を見ると書いてあるのですが、
そう聞かれると、答えに詰まってしまう(笑)
プレジデント範士の審判講習会は明快です。スパッと判断される。
そして、講習生の判断力をこれでもかと問いつめられます(笑)
厳しいけれども、終わったあとは「気分はすっかりプレジデント」となる。




さて今回、mini98が皆さんに問題提起するのは・・・



鍔迫り合い時、主審は「赤の時間空費」と判断し、「止め」「合議」と宣告し合議に入った。
主審が副審にそれを示すと、一方の副審は「白の時間空費」、もう一方の副審は「今のは赤の不当な鍔迫り合い」と判断した。
この場合、2対1で赤の反則をとるべきか、反則とはならないか。



という場面での判断について。




範士からいろいろお聞きしましたが、
やっぱり答えは明快でした。


「どんな問題が起こったとしても、第1条(剣の理法を全うしつつ、公明正大に試合をし、適性公平に審判することを目的とする)に照らし合わせて判断すること、とよく言われるが、これは選手や監督、観客が納得して、誰もが受け入れられるような判断をするということ」





そういえば・・・
先日の遠征で、我々が帰り支度をしているとプレジデント範士が近づいてこられ、
mini98の手前で袴をたたんでいたモトマース先生に声をかけられました。

範士:「あーモトマース、これあげる。(と、寒い時に剣道着の下に着る○ートテック的な下着を手渡される)」


モトマース:「ありがとうございます!」


範士:「いや、ワシにはちょっと小さいんよ。それでmini98にやろうと思ったんだが・・・
   (チラッとmini98に目を向けられ)mini98は最近すっかり太ってきたけんね!」





なんと明快な!(笑)





・・・痩せまーす。





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2019年11月24日

崇菱会秋遠征

崇菱会コーチ遠征。
高齢者剣道連盟の先生方、そしてお世話してくださったヤーノ先生、コーチ大学の学生さん、
本当にありがとうございました。


初日稽古。
プレジデント範士の基本稽古は、崇菱会メンバーにとっては「いつもの稽古内容」だったかもしれませんが、
コーチの先生方の、範士の話を聞き漏らすまいとする姿勢に感服しました。
さて、次の日はコーチ剣道連盟の行事が重なっており、参加者が少ないということで、
急遽遠征の最後に行う予定であった試合稽古を行うことになり。



mini98はヤーノ先生と対戦。



立ち上がり、
mini98としてはいい感じで攻め入ることができていたと・・・思うのですが、
課題は一緒で、打ち出す機会を「相手に任せている」から打ち遅れる。
「アッ」と思った瞬間、ヤーノ先生に面を撃ち抜かれました。
ただ、普段ならそこで突っ張ったり、止まっていたところを、なんとか面に出て、合面の形にはなったところが、
多少は進歩かなと。その後はお互いにバタバタしてしまい、一本負け。

そのあとは自由稽古になったのですが、
mini98に前にはコーチ大学の学生がズラリ。
こりゃー監督・学生でよってたかって、叩きのめすプランなのだろーか(笑)


一番かかりは、我が県出身K君。
まあそこから来るわ来るわ。
でも、元気いただきました。


1日目稽古終了。
懇親会。

IMG_5424.JPG

賑やかに一次会、
二次会ではプレジデント範士の歌も飛び出し大盛り上がり。
あ、ちなみにmini98の歌は「剣道より上手い」と次の日お銀さんから評価していただきました(笑)

二次会始まってすぐ、
酔っ払う前に範士に審判のことで確認したいことがあり、お話を伺うことができました。
この内容についてはまた後日。
非常にスッキリし、気分良くお酒をいただきました。

ただ、mini98には、同い年のSG女史がシブ先生に対して粗相をしていないかどうかの監視業務がありましたので(笑)
監視するつもりが返り討ちにあいましたが。お付き合いくださったヤーノ先生、カミ先生ありがとうございました。



2日目。
朝、どうしても行きたかった場所へ。
私がここへ行かないで、誰が行くというのか。

IMG_1235.JPG
(撮影 マニアックM先生)

IMG_1237.JPG
(朝市の風景)


2日目稽古。
プレジデント範士による基本稽古。
特に鎬を使っての右手ドアノブ回しの説明、中指跳ね上げのお話は、
あらためてお聞きして大変参考になりました。


その後は自由稽古。
コーチ県の先生方にお願いする。
TM先生、KW先生、ヤーノ先生、KD先生。
ありがとうございました。


IMG_1238.JPG
(プレジデント範士と写真に収まるコーチ県メンバーを撮影するマニアックを撮影(笑))



昼食は、これまたコーチ剣連の先生方にお世話になり、
カツオ三昧。
ただ、マニアックM先生から気になる情報が。
「mini98さん、直心是道場見た?」


ということで、もう一度「カツオ道場」へ。


IMG_1241.JPGIMG_1243.JPGIMG_1245.JPGIMG_1242.JPGIMG_1246.JPG


いやー
マニアック度全開です(笑)





課題はより明確に。
あとはええカッコせず、
ただただ、自分の稽古を続けるのみ。




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2019年11月22日

仕事の流儀

プロフェッショナルとは何か。



イチローが、東京での引退後、
シアトルのファンに向かってこんなことを言っています。







毎日同じ情熱を持って、自分のやるべきことをやること。



「初心忘るべからず」とは、
「プロ意識」についての言葉だと思いました。



mini98にとっての初心。



教員としては、教員を辞めて、なんちゃって自営業を始めて、
タイダイ寒稽古にhirotaiさんと共に参加した時の行きの道中でhirotaiさんから言われた、


「mini98さん、今の『ありがとう』は、教員時代には言えない一言ですね」と言われた時ですかね。


自分を教員にしてくれているのは、生徒であり、保護者の存在である。
教員に復帰して、改めて教員でなかったあのときかけられた言葉が、mini98の教員としての今に活きていると思います。




剣士としての初心。
子どもの頃から飽きっぽく、書道を習っても、ピアノを習ってもすぐ辞める。
でも友だちから誘われて始めた剣道だけは、続いたわけです。

「mini98、よし!まっすぐ!いいぞ!」と、褒めてくださった浅原先生の言葉が嬉しくて、
がむしゃらに面を打った日々。


ただ「剣道が上手になりたい」とだけ思っていたあの頃。
試合では結果が出ず、なんの実績もなく、それでも剣道が好きで。




なんの疑いもなく、
自分のやるべきことがわかっていて、
それを淡々とやり続けること。


それが「プロフェッショナル」ということなのだ。







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2019年11月21日

人生すごろく





『主体的対話的で深い学び』への対応。



本校もiPad導入や、全教室プロジェクター完備して設備は整い。
役所が、アクティブラーニングなんてことを最初言ったもんだから、
「先生方、もっと機器を活用してください!」と管理職からせっつかれるわけです。
が、なんか違和感を感じています。



イチローの言葉。
「先生がパワーを持っていないと、生徒はなかなか『成熟』できないですからね」



もう、これに尽きると思うのです。
主体的にしても、
対話するにしても、
まずは「生徒の成熟」が前提な訳で。
そこから初めて「主体的で対話のできる人」になるわけで。



それにはまず、
教員の力が必要。



例えば、プレジデント範士の今回の圧倒的な動きを見て、
「あの動きをなんとか自分も再現したい」と自分の修行に励むとか、

70歳を超えて、いまだに向上心を持ち続けておられる背中を見て、
自分の修行の浅さを思い知るとか。



そういう「とても自分には追いつけないけないかもしれないけれど、それでもそこを目指したい」
という気持ちを生徒に持たせる「力」を教える側が持つこと。



それを教育というんでしょう。




知り合いにチケットをいただいたので、
妻と共に劇団四季を堪能しました。






彼女は、聖女か悪女か。
例えばこれを生徒たちにどう考えさせればいいんだろう。



「教える側が圧倒的なパワーを持つこと」



今更ながら、
どうするべきかと考えさせられるわけです。



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2019年11月20日

バージョンアップ

崇菱会稽古。


プレジデント範士ご不在のため、mini98が基本指導を担当しました。
ここ最近のプレジデント範士の基本指導を受けて改めて感じましたが、指導の「感性」というか、感覚がmini98とは全く違う。
最初に同じ「遠間からの面打ち」を示しても、その後の展開は手詰まり感がありました。
まあ、これはmini98自身での感覚なのですが。



強烈に印象に残っていたのは、
先週のプレジデント範士の稽古です。
浪速侍の面々に対し、なんですかあれは(笑)


確実に範士のバージョンがあがっている。


スラスラと出端を打ち抜く。
この感じを伝えたい。
でも伝わらないのは、mini98自身、それができないからで、
あーもどかしい。



その後の稽古。
mini98、「気分はすっかりプレジデント」で臨んだわけですが・・・

いつも最初に稽古していただくお銀さんに対して。
イメージは湧くんですが、なかなか形になりません。


・・・稽古の中盤、mini98の列に、モミジの生地胴がチラチラ。


都会の先輩(驚)


先輩の番になった時、
本来ならば「先輩、どうぞ」と基立を交代するべきなのでしょうが、
今のmini98には、先輩だろうが後輩だろうがなすべきことをする「強さ」が必要なのだと。
心の中で「先輩失礼します。許してください」と心の中で念じながら、先輩に深く一礼し、
mini98が基に立ったまま稽古をお願いしました。




さあこい!




・・・結果、ボコボコ(笑)トホホ。




その後、ナルト先輩とも稽古。
先日のプレジデント範士と先輩との稽古、
稽古後思わずお聞きしましたよ。

「先輩、プレジデント範士との稽古拝見しました。あれってどうだったんですか?」
と聞くと、先輩の一言。




「(範士の竹刀が)見えんかった・・・」(笑)



。。。ですよね(笑)




大変に実りの多い稽古でした。




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2019年11月19日

「だが」が取れる瞬間

昇段審査。

「絶対合格したと思ったのに・・・受からなかった」
「見ていて絶対不合格だと思ったのに、その人が合格していた」



そういうことを言う人がいます。



mini98も、憲ちゃん先輩のある時のハチダン審査を拝見したとき、
「こりゃー一次合格じゃね」と思って、先輩に「先輩、次ですよ!」と声をかけたら、
次がなかったことがあり(笑)


後日、プレジデント範士のお話を伺う機会があり、
「先日、憲ちゃん先輩のハチダン審査で、かなり先輩が相手を打ったので、これは合格だと思っていたら不合格でした。
相手を打っても、それは評価されないことはあるんですね」
と範士にお聞きすると、


黙って頷かれる。


そのときの憲ちゃん動画は保存してありますが、
そういう視点で拝見すると、なるほどなあ・・・と思うことがあるのです。



つまりね、審査員と見ている世界が違うんですよ。



そのギャップが埋まらない限り、
合格はない。合格したとしても「打ってナンボ」の剣道のままで終わってしまうと思うのです。



ある試合巧者の先生が、ハチダン審査にナカナカ合格せずにおられたそうです。
自分に自信がおありだったようで、その県の先輩ハチダンのアドバイスも聞かず、我が道を行くみたいだったそう。

周りの人たちは「あの先生は、剣道は強いんだが・・・」と言われていたようです。


しばらくして、その先生が、ある大先生の剣道具を、
「先生!私が片付けますよ!任せてください!」と片付けられたそうです。
それを見た大先生が、「彼は変わった!次合格する!」と太鼓判を押された。


「あの先生は剣道は強いんだが」の「だが」が取れた瞬間。


次の審査でその先生は見事合格されたそうです。
この話を伺ったとき以来、
稽古に取り組む姿勢の大切さを考えるようになりました。
取り組みの姿勢によって、見えてくる世界は違ってくる。


自戒をこめて。


だから、冒頭の言葉には、まだ「だが」が見えるんですよね。




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2019年11月18日

剣の道




五段の岡村先生が、湯野範士に教えを請う。
「先生、本気で稽古しますから教えてください」

「よし、やろう。私のいう通りやれるか?」


「はい、やります。お願いします」


五段→六段


「今後、相手と立ち会ったら一歩も下がるな。左足の踵は床近くまで下げるが、どんなに攻められても床に着けない。左膝の後ろ
(ひかがみ)を適度に張る。ジャンプするときのように膝を曲げておいたほうが前へ出られるような気がするかもしれないが、
剣道は違う。曲げすぎず。伸ばし切らない。ちょうどいい張り具合がある。まずそれをつかむのだ」


「その姿で、自分から絶対に打っていかず、来ると思ったら突け」
「この三人は、お前の突きを恐れず打ち破る稽古が必要なんだから、遠慮するな」


「今日からは、突くぞという気持ちは変えずに、突きを出す同じ機械を捉えて全部面に徹するのだ。。
相手が突いてきても、全部出端面に徹するのだ」


六段合格。


「今度は、相手の色をとらえての出端面ではなく、匂いを感じたら先をかけて面を打つのだ。つまり、今までの出鼻面のもう一つ早いタイミング(機)を捉え、先をかけて綿を打つのだ。小手も良い」


七段一発合格。


「さあいよいよこれからだ。遠間から攻めて面打ちに入る」



ここで岡村先生は、
「先生、私には無理です。アキレス腱が何本あっても足りません。先生の言う攻め方は、作道君と川名君に教えてやってください。私は七段でいいんです」



「しょうがないやつだ」




と、ここで、湯野範士の岡村先生に対するご指導は終わるのです。





出端を狙っているように見える。
mini98が、随分前にイワゴンから指摘されたことですが、
「匂いを感じたら先をかけて面を打つ」という湯野範士の指導は、
それに通じるものがありますね。




さあいよいよこれからだ。遠間から攻めて面打ちに入る。




いつも崇菱会稽古で、
プレジデント範士が最初に言われるのは「遠間からの面打ちをいきましょう!」というご指導なのですが、
ここに実は「極意」があるのです。



まずは、相手を打つことよりも、
自分が打たれることへの恐怖心をなくすこと。




「死ぬことと見つけたり」




その上で、相手と一体になりつつも、相手に構わず打つ、打ち切る。
この、「相手と一体になりつつ、相手に構わず打つ」という感覚が、
今のmini98が思う感覚に一番近いですかね。






言葉にすると難しいですが。
「素直さとわがままの同居」ですかね。




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2019年11月17日

やっと

4月から続いた本校周年記念行事、本日の記念祝賀会をもって終了いたしました。
A Nホテルの久さん、司会の玉さん(本校OGでもあります)素晴らしいピアノ演奏を披露してくれた小先生(これも本校OG)
昨日から準備にあたってくれたソーム部員の先生方。



そして、もちろんご参加くださった来賓、旧・現PTA役員、旧職員、同窓生、保護者、現教職員の皆様、



ありがとうございました。
お陰様をもちまして、無事終了することができました。


参加していただいた皆さんの、
おかえりの際の笑顔で、これまでのモヤモヤが吹っ飛びました!



会の最後、
今年で定年をむかえるUY副校長のお礼の挨拶。



「これまでの本校での教員生活。『正直』に生きてきたかというと、そうでもない。『勤勉』だったかというと自信はない。
『清潔』だったかというと、どちらかというと申し訳ない(笑)『和合』とはいえず、周りと衝突を繰り返してきた・・・」



・・・おいおい、どうなるんだろうこれ・・・と思っていたのですが(笑)



「しかし、ここまでこの学校を皆さんに支えていただいた、自分を教員として支えていただいたという『感謝』だけは自信を持って口にできます。
本当にありがとうございました」と見事に本校の校訓になぞらえたお話をしていただいて。




感動しました。




祝賀会終了後、
副校長から「mini98、今日はお疲れ!」とハイタッチ。
「いい会だったな」と言っていただいたり、


40歳過ぎてから現在の学校に就職し、
それまで自分の勤めていた学校との違いに四苦八苦しながら、
今だから言えますけど、ベテランの先生方からあからさまに「よそ者」扱いされたりもしましたが、
(これが私学の欠点でもあるし、裏を返せば利点でもあると思うのですが)
そのベテラン先生から「mini98さん、創立者の先生の『思い』がよく理解できるいい会だったよ」
と言っていただいたりして。



mini98、やっと、この学校の一員になれたなと。



大学を卒業して、すぐ就職し20年近く勤めた学校にも「愛校心」めいたものはあったけれど、
そういう苦労をしたからこそ、現在の勤務校に対する「想い」は、より強いものがあります。
今日は、その思いを一層強くしました。



教員としても、
ある意味ここからが大事であるなと。
そう思えます。



だから、やっぱり。
人生に失敗なんてないのです。



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2019年11月16日

ICHIRO

今の一当は過去百不当の力なり。
百不当一老なり。

『正法眼蔵』


春霜会事務局長さんよりメール。
「合格しました」


おめでとうございます!
今夏の盆稽古の時稽古をお願いした際、

スパーンと気持ちのいい麺を・・・失礼しました(笑)
機会といい、勢いといい、申し分ない面を頂いたので、



・・・ついに吉報が届きました!



年末稽古もよろしくお願いいたします!




冒頭の道元の言葉の中にある、
「老」についてですが、「円熟」の意味であります。

ひたすらに努力を重ね続けて、諦めずに一つのことをやり続けた結果、
今の「円熟」した姿がある。

老師とか、老練の・・・という表現がありますが、
「老」は本来そういう意味であるのです。


事務局長さんもmini98も、「初老」と表現される年齢になりました。(NH○放送文化研究所調べ)



あえて言う。



事務局長さん、お互い「一老」を目指して、これからも精進して参りましょう。



本当におめでとうございました。



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2019年11月15日

剣士のミタ




先日の崇菱会稽古。
mini98の一番の成果は、浪速侍の先生方とプレジデント範士の稽古を拝見できたことですね。


「見取稽古」と言いますが、
「ミル」とはどういうことをいうのか。



見る、視る、観る、診る、看る、試る。
日本語には、「ミル」について様々な表現があります。


基本は「見る」
視覚で物事を捉える。

観る
鑑賞する。観て楽しむ、味わう。


視る
視察する。調査する。


診る
症状や健康状態を調べる。


看る
看護する。世話をする。


試る
ためす。これを「こころみる」と読むときは、
「試みる」と書く。



その、
「ミル」の表現の全てを使って、
思いっきり「ミタ」つもりです。



冒頭の動画は、16年前の動画ですが、
今回拝見した範士の稽古の印象と一番近いかなと思いました。


いや、これ以上だったかもしれません。
プレジデント範士の有効打突と認められた一本は、
相手に攻められながらもそれに応じながら、反撃に転じて一本に決められたわけです。


「気の持続」
「呼吸の持続」
「技の持続」
「先」
「打ち抜け」
(これは両範士ともですが。中盤のH範士の面も素晴らしい)
これは別々ではなく、どこも欠けたら有効打突につながらない。




自分にこれができるかと言うと、
できる気はしませんが(笑)
でも「こうありたい」という「理想」をあらためて拝見できたことは、
自分にとって大きい出来事でした。




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生涯剣道。
その理想を「ミタ」気がしました。



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2019年11月14日

ハチダンの壁

崇菱会稽古。


今週は、遠方からシップ範士を筆頭にそうそうたる先生方に稽古をつけていただきました。
まずはシップ範士。


立ち上がりからの攻め合い。
こちらが4、3の状態からでも打って出る。
初太刀はそんな感じですかね。

もうちょい。


mini98、そう感じてかなり近間になりましたが「なにっっ!」と思っていると、
ある一定の間合いに入るとシップ範士の小手。



mini98、その後の面!これが決めきれず。・・・「よし!」と思って間合いを詰め(過ぎました)た所を、
面。(打たれた、うん、確か(笑)ぐらいに早かった・・・)



最後は面を引き出されて胴、で終了。



二人目。
キッシー先生。



ズイズイ間合いを詰めてこられるので、
それを見ていては簡単に打たれてしまう。

だから「半分かかり稽古」のような状態でいないと。
先生が動き出す前、動きと動きの間、

呼吸を吐き続けていなければ対処が難しい。


苦しい。



三人目。
ニイニイ先生。

稽古前。
ニイニイ先生がプレジデント範士にかかっておられる稽古を拝見したのですが、
まあ、それはそれは圧巻でしたね。プレジデント範士が(笑)
いや、それはね。

プレジデント範士の気が切れません。
ズーーーッと持続。

ニイニイ先生の気も切れてないんっすが、
まさに「障子を開けた刹那に部屋に差し込む月光」のような。
そういう面、小手が炸裂するわけです。


そのイメージがあって、
呼吸だなとあらためて考えてニイニイ先生にお願いしました。



そろそろ稽古終了の間際にお願いしたので、
ニイニイ先生も肩で息をされていたので・・・「この呼吸が読み取れれば・・・」
と考えていたわけです。


いざ!
と、構えた瞬間「ニイニイ先生の呼吸がわからん!」


これは、今考えるとシップ範士や、キッシー先生にも共通するところです。
だから、あらためてプレジデント範士との稽古の際に感じる「怖さ」の正体の一端がここにあるのではと感じました。


見てはやられる。
とにかく「先」をとって。


ニイニイ先生の面はやや、mini98から見て左の方向から飛んでくることはわかっていたんですが、
それでも対応が遅れる。ただ「早い」ということだけではない。



先生方、ありがとうございました。




さてさて。
稽古後、シップ先生から稽古参加者への講評。
・・・これは参加者だけの「特権」ということで(笑)

非常に大事なアドバイスをいただきました。
(普段からプレジデント範士も言われていることですが・・・大事ですね)



プレジデント範士から。
「最初、ハチダンの先生方とハチダン受審者の稽古、あるいはその後のハチダンの先生方を基立ちにした指導稽古があったわけですが、
ハチダンの先生方は『何かが違うな』ということを見ていて感じられましたかね?確実に違うんです。その違いがなんなのか。それを
それぞれで考えてみてください。ハチダンと、その他の先生との間、自分とハチダンの先生方との間。そこを考えていくといいと思います」




70名弱の剣士がひしめき合った稽古会。
大変盛大な会となりました。


ここから何をつかんでいくか。
どう自分の稽古に活かしていくか。



まさにここからが「稽古」なんですよね。




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2019年11月12日

夕やけがうつくしい

夕やけがうつくしい

わたくしはうちがびんぼうであったので
がっこうへはいっておりません。
だからじをぜんぜんしりませんでした。
いま しきじがっきゅうでべんきょうして
かなはだいたいおぼえました。
いままでおいしゃへいってもうけつけで なまえをかいてもらっていましたが
ためしにじぶんでかいてためしてみました。
かんごふさんが 北代さんとよんでくれたので
大へんうれしかった。 夕やけを見てもあまりうつくしいと思はなかったけれど
じをおぼえて ほんとうにうつくしいと思うようになりました。
みちをあるいておっても かんばんにきをつけていてならった じを見つけると大へんうれしく思います。
すうじおぼえたのでスーパーやもくよう いちへゆくのもたのしみになりました。
またりょかんへ行ってもへやのばん ごうをおぼえたのではじもかかなく なりました。
これからはがんばって もっともっとべんきょうをしたいです。
十年ながいきをしたいと思います。

四十八年二月二十八日 北代 色





人間が、「人間らしく」生きる権利の一つに、
「教育を受ける権利」というものがある。

そのことを生徒に伝える時、必ず使う教材があります。
冒頭の、70歳をすぎて、初めて読み書きを学んだおばあさんが、
文字を教えてくれた先生に対して書いた手紙です。



道端に花が咲いていても、
それに気づかず通り過ぎる人もいる。
気づいてもなにも感じない人もいる。
それに気づいて「美しいな」と感じる人もいる。
花を見て、「そういえば、この花は実家の庭に咲いていた花と一緒だ。家族は元気かなあ」と涙する人もいる。


文字を習得して、はじめて「夕焼けが美しい」と感じる。
おばあさんが歩んできた厳しい人生の道のりに思いを馳せながら、
学ぶことの大切さに気づく。



人の「感性」というものは、教育によって得られるものなのだ。



剣道は、剣の理法の修練による、人間形成の道である。



ならば、



「感性」を剣の修練からも得られるはず。
相手と闘いながらも、自分の「品格」を感じてもらえる自分であるためには、
きっと、そういう態度で修行を重ねることが必要なのだ。




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2019年11月11日

剣士の品格



佐藤博信範士指導動画。

「剣道は撃たれてあたり前ですから」
「剣道によって品のいい格のある人間を」


大変参考になる動画でした。



実際にmini98ぐらいの年代剣士は、
基立ちに立つ機会も多い。
事実、ヒロダイ学生たちや、崇菱会若手のバリバリと稽古すると、
対応に遅れることは結構、大分?いっぱい(笑)あるのです。


そこで問題は、
プレジデント範士の言われるところの、
「基立ちとしての『責任』を果たす稽古」ができているかということです。



潔く。
しかも「格の違い」を示すことができるか。
ここが大きな問題で。
この「格の違い」というのは、自分が示すのではなくて、
相手が感じなければ意味がないですよね。


お前と俺とは違うんだ!と、自分が思っていることを相手に伝えようとするのではなく、
自分自身はお相手と必死に稽古をしている状態で、「こりゃ、格が違うな」と相手が感じてくれることが理想。





品位=その人やその物に感じられる気高さや上品さ。





「感じられる」ってのが、ミソですよね。




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2019年11月10日

傘じゃない!

「・・・今、目の前にグラスが2個あるとしますね。こっちは1万円のバカラのグラス、こっちは二百円の強化ガラスのグラス。こっちは落とすと割れてしまう。こっちは落としても叩いても割れない。でも触った時の感触や造形は全く同じ。そういう場合でも、扱い方が変わるでしょう。バカラのグラスは丁寧に洗って落とさないようにして。二百円のグラスはけっこうぞんざいに扱う。でも、これおかしいですよね。造形的に同じで、見た目も触った感じも何もかも同じであるにもかかわらず、なんでバカラは丁寧に扱って、こっちは雑に扱うのかというと、バカラのグラスはいつ変われると思っているからですよ。ある日、スルッと手から落っこちて、ぱりん、と割れた瞬間の、「あ!割れちゃった!」という時の、失望感と喪失感を今先取りしているわけですよ。つまり、バカラのグラスはそれが割れた時の喪失感が上乗せされて、この価格設定がなされているわけですよね」
(『身体の言い分』池上六郎、内田樹)






失われた時の喪失感が、そのものの価値を担保している。



ならば、
人間の価値というものを考えた時、
「自分が死を迎えた時のことを考えている人こそ、その人生が輝いている」
ということになりますね。



まさに剣道。



本日のサンデーモーニング、スポーツコーナーで、
我らがハリさんが「あっぱれ」を出したのが「剣道」
(隣のゲストは新井さんでしたね)


三度目の・・・という題で、
今回の國友選手の全日本優勝が紹介されました。
あらためて映像を見ましたけれど、
本当にキレのある技でしたね。
相手の松崎選手も大学生として「あっぱれ」でした。



その直後のハリさんの言葉。
「前にも言ったけど、剣道も五段ぐらいになったらねえ、傘一本で5〜6人倒せますからね」





こらこら(笑)





倒せませんし、
倒そうとも思いません。

でも、

常に「死」と隣り合わせなのだという意識を持っているということは、
剣士としても、人間としても必要なのかもしれません。




「死を思えば人生輝く」





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2019年11月09日

新人戦剣道形試合

県高等学校新人剣道大会
剣道形試合。


mini98は審判主任として参加しました。
試合を拝見しながら、自分なりに判定してみて、
実際に審判の先生方のジャッジと整合するかどうか。



試してみましたけど、
(結果は内緒)
なかなか難しかったですね。



剣道形の良し悪しは、
順番や、方法が間違っていない限り、判断する人の「主観」でしかありません。

明らかにこっちが良い!
というケースはまれで、(それだけ我が県の選手の剣道形のレベルが高いということではあるのですが)
だいたいは同じようなレベルで試合が展開されるわけです。



男子決勝戦の主審を務めました。




mini98としては、絶対の自信を持ってあげた旗でしたが、
副審ふたりは逆。




まっいいか(笑)
試合後に他の先生方に判断基準を聞いてみると、
mini98とは違った基準で判断されていて、
なるほどなと。



でも、決勝の判断は本当に自信を持って旗をあげたので、
悔いはありません。



試合後、春霜会事務局長さんとお話。
年末の稽古会のことなどについて話す。
剣道形については、さすがにプレジデント範士と剣道形を打った経験がある事務局長さん。
物言いに含蓄がありますな。
mini98も事務局長さんの言葉に救われました。




ありがとうございました。




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2019年11月08日

オフロード面?




オフロードパス。


選手がタックルを受けても、あきらめず、倒れながらでも繋ごうというパスをオフロードパスという。





先日の崇菱会稽古での、「へたくそ剣道理論」で、
プレジデント範士の「超人的な打ち」が紹介されていましたが。




まさに「オフロードパス」的な「気のつながり」があって、
最後、「トライ」を決めたかのような(笑)決めがあり。



相手の攻めがあっても、それを上回るような気持ちを、
前へ前へ繋げていった結果、勝機を見出し、確実にそれをつかむ。




「先をとる」とは、まさにそういうことなのですね。




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posted by mini98 at 00:00| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする