2019年09月30日

武術と武道

(自分の)子どもに〜をしてあげたいと思うんです。


この言葉遣いに、すごーく「違和感」をおぼえます。

他人の子どもに同じような行為をする時は、「〜してあげるね」でいいと思うし、
直接自分の子どもに話しかける時も「〜してあげるね」だと思うのです。



・・・いやいや、この場合(自分の子どものことを他人に話す時)は



「〜してやりたい」でしょう。
と、心の中で叫んでしまうボク。



「〜してあげる」というのが「なんか恩着せがましい」という意味では決してなく(こういう意見の人もいらっしゃいます)、
話す人が、誰に向かって話しているのかという、人と人との関係性が曖昧になっていることへの「違和感」です。



「了解」も、ついつい使っちゃいますが、
これは目上の者が目下の者に使うべき、あるいは同輩同士で使うべき言葉で、
上司から用事を頼まれた時に「了解で〜す」はおかしい。



そういう場合「承知しました」「かしこまりました」の方がしっくりくる。




自分と相手との関係性を今一度考えてみる。



「私が定義している『武術』と『武道』の違いを少し説明しておこう・・・・
『武術』とは、肉体運動を通して戦うための手や足、それに武器などを操ることを言い、主に運動や方法をさす。そして、戦いそのものでいうと『相手を倒す・斬る』になる。
『武道』とは、そういった肉体運動を通して、その肉体運動を支持している自分の知性や感性の鈍さを知り、指示していること自分と、それを受け取っている自分とのギャップを埋めていく作業をさす。同じように戦いで言えば、『倒したくない・斬りたくない』だから、そこに高度な技術修得の必然性があるのだ。」(『武学入門ー武術は身体を脳化する』日野晃)






「手ごたえがあっちゃダメなんです。相手に斬らせなきゃダメです」




人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!

   

posted by mini98 at 23:17| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月29日

ヒカリ

以前ある学校で同僚だった物理のドヒドヒ先生(剣道部顧問)は、
我が県理科教育の世界では有名なお人らしく、現在の勤務校でも先生のお名前を出すと、
「先生、なんで知ってるんですか?」と不思議そうに逆質問されます(笑)


以前、mini98が勤務校を去る際、研究室にお邪魔した時
「mini98さん、お世話になりました。これ、つまらないものだけど」


・・・と渡されたのが「手製の鞭」(笑)
もちろんこれは物理の授業の教材。
先生は、こういう教材を作成するスペシャリストらしいのです。



塩ビのパイプ管ー太めの綿紐ー中太の綿紐ー細めの綿紐ー毛糸の紐ー縫い糸・・・


みたいな構造で、勢いよく振ると「パシーン」と音がなります。
この音は、鞭の先端が音速の速さを超えた時に起こる「衝撃波」なのです。


基の部分が固く、先に行くほどだんだん柔らかくなっていく。
基の部分が重く、先に行くほどだんだん軽くなっていく。


そういう構造であるとき、それを勢いよく振った先は音速を超える速さで動くのです。
「鞭のようにしならせる」という言葉は、こういう構造を言うのです。



もう一つ。
「ヒカリーあの日のアメとキオクの物語ー」即興演劇を観てきました。
会場はオリズルタワー。



IMG_1148.JPGIMG_1147.JPGIMG_1136.JPGIMG_1142.JPGIMG_1149.JPG


あの日、一瞬で夢と希望を奪った「ヒカリ」
今、夢と希望に燃えて、それを追い求める「ヒカリ」


大まかなストーリーは決まっているのだけれど、
セリフは、当日の参加者から集めた「ペーパーズ」と呼ばれる「紙きれ」に
パッと頭に浮かんだ言葉やセリフを、劇中に開いて、その言葉に応じてセリフは変わっていくというスタイル。




どんなワードが出てくるか全くわからない。


「カープ」「〇〇ちゃん大好き」「平和」「認知症」「ミスチル」
それを演者さんが、場面場面で「ペーパーズ」を開きながら、即興でセリフを作るわけです。
周りの演者さんも、それに合わせて話を作っていきます。


シリアスな場面でとんでもない❌❌な言葉が出てきたり、
ここはお笑いだよねという場面で真面目な言葉が出てきたり、
もうはちゃめちゃなんだけれど、ちゃんとストーリーとしては繋がっていて、
最後はもう、涙無くしては見ることができない(mini98談)


どんな場面でも「ペーパーズ」に書かれた言葉を使ってセリフを作り、
その相手のセリフを否定せず、受け入れながら話を前に進めていく。
最終的な目標だけが決まっているわけなので、参加する演者がそこに向かって
進んでいく感じですかね。




圧巻でした。
まさに「瞬間善処」



どう構えればいいのか、
どう考えればいいのか。



中を固く、外を柔らかく。
末端にいくほど軽く柔らかく。
相手を否定するのではなく、受け入れる。
しかし、相手に流されるのではなく、前に向かって進んでいく。
そういうことですよね。



人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!

   


posted by mini98 at 17:59| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月28日

「最後の試合」にて

第68回県中学校総合体育大会剣道の部
審判に行ってまいりました。

会長先生が開会式で言っておられましたが、
この大会も今年で最後なのだそうです。
時代の流れは「働き方改革」「試合を精選」ということですかね。


まあ、「働き方改革」については後日、ヒトコト申し上げたい!(笑)


mini98は女子の部の会場でしたが、
有効打突の見極めは出来て当然、
さらに、「鍔迫り合いが正しいかそうでないかの見極め」「試合を善導する」ことができるかどうか。


反則の見極めについては、
インターハイでの審判会議での注意からの流れーブロック大会ー中四国大学審判の流れがあり、
引き技狙いの、拳が高い鍔迫り合い(になっていないケド)や、逆交差で相手の引き技を封じるような行為については、
かなり厳しく判断したかな。もちろん、mini98だけの判断ではないので、
他の審判員もそこについてはある程度「合意」出来ていたのではないかと思います。
ただ、中体連の試合は選手の「練度の差」が激しいので、そこをどうすり合わせていくかが難しいところでした。


有効打突については、
三人の審判員の判断の結果なので、mini98が「しまった!あげちゃった」と思ったところはしっかり消していただき、
助けていただいて、なんとか乗り切った感じです。



それにしても思うことは、



最近の稽古の「迷い」がそのまま審判の判断にも影響するのだなと。




審判 ⇆ 稽古 ⇆ 一人稽古 ⇆ 理論研究



四つの「歯車」がかみ合って、、
自分の剣道は完結するんだよなあ。



人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!

   

posted by mini98 at 22:25| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月27日

朝の風景

IMG_1131.JPG


「朝焼けに一劍をつく  その響き未だみちず  一杯の極」


何百回と素振りをするけれども、
どうしても朝焼けと一体になれない・・・そういう悩みを吐露した作Pに対して、
湯野範士の師、横山祖道老師の返歌。


「わがしない  未だ志くとも朝焼けよ  うれしくあろう一杯の極」


「うれしくあろう」の一言で若い私の性急さ、気負いを戒めてくださったのです。
(『練磨の日々』より 作道正夫範士)



自然と一体になる。


以前に、hirotaiさんが、
「夜と朝の変わり目がある」と言っていたのを思い出します。
こういう「感性」が必要なんですよ。



そう感じてしまう。
だからやっぱり、私は「頭でっかち」な部分からでしか、
高みにいけないんだろうな。



でも、これが自分。
ならば、今現在持ちうる限りの、あり合わせの力を持って、
ことに取組むこと。
それしかないと、あらためて思う。



本日は、思わずガッツポーズをするような出来事が起こったのですが、
「有効打突取り消し」になったら困るので、ポーズはしません!(笑)



でも、息子には伝えたい。
おめでとう。
よく頑張ったね。



でも、これからやで!




人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!

   


posted by mini98 at 23:40| Comment(4) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月26日

活人剣と殺人剣



「剣道というのはね、人間の持っとらんものを剣道によって求めるんじゃないんです。持っとるものをバランスよく磨く。
そtRが剣道なんです。この表を見たらわかりましょう。(集中力、持久力、調整力、決断力、判断力について)今説明したことで、
稽古は人間形成になるということがわかるでしょう。私はこれでわかった。そうして、自分の稽古をやるときに、真ん中へ
大黒柱を置いた。私が一所懸命若いときにやった稽古は、修練の心構えを大黒柱に据えた。そうすると自分の求める剣道の方向を
間違いなく歩むことができる。こう思うた。」

『石原忠美剣道範士講演録 活人剣・殺人剣と人間形成』
(全劍連HPから購入可能です)

攻め

効くー無意識・無心・緩急強弱、平常心・攻め→続ける・中墨、不動、崩れない・柔・引き上げなし・溜めあり・引き回し・乗り・抑え


効かないー意識・有心・過不足、動心・攻め⇆守り・無駄打ち多し・開き足(左右)・左右のぶれ・動・崩れあり・固い・引き上げ多し・溜めなし・引き回され・乗りすぎ・抑えすぎ


『試合・審判細則』12条の2
次の場合は通行打突としないー被打突者の剣先が相手の上体の前面に付いてその気勢、姿勢が充実している場合


この場合の剣先は、
「ぽっと剣先を付ける」(突くのではない)



元立ちというのは、
元立ちの責任というのは、
相手の砥石に自分がなるということと、
相手に自分自身も磨かれていくということを
両立させるということなんですね。



「調整力」


この部分の十分な理解ができていない。


「あり合わせの精一杯」


今持っているものを最大限に使う工夫。




人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!

   




posted by mini98 at 23:45| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月25日

心を打つ稽古

崇菱会稽古。
プレジデント範士は御不在でしたので、会長先生からのご依頼を受け、
mini98が基本指導を担当しました。


範士の御指導をmini98がどう解釈したか、
それをどのように会員の皆さんに返していくか。


本日のテーマは「呼吸」「溜め」「鋭さ」ですかね。
まずは、すり足からの面。これが案外皆さんできない。

右足が前に「スーッ」と出ているときは、剣尖は動かさない(むしろ相手の拳を突き刺すつもりで)
左の足のつま先が、右の足のかかとを蹴る・・・という表現がありますが、できるだけ素早く左足を引きつける。
そのタイミングで、竹刀の振り上げ、振り下ろしを行う。

面は相手の顎まで切るつもりで。



さて、次は剣道形の要領で、9歩の間合いからお互いに間合いを詰めましょう。
その際、プレジデント範士が言われていた、

「いくぞ」「なにっ」「よしっ」の気持ちで、迫真性を持たせて、
もちろん呼吸は吐く息で。
(その後は同じくすり足で面)


さあ、次は剣尖の触れ合わない間合いから、
間合いに入る、引く、出るという出し入れをしてから打ちましょう。
もちろんその時の気持ちは「いくぞ」「なに」「よし」で息は吐き続ける。



ここまでで皆さん酸欠状態(笑)



その後は、その打ちを踏み込み足に変え、
相手に対応する技を入れ。



まあ、mini98としては「呼吸」と「打ちの鋭さ」が繋がっているという理解を、
どうやったら伝わるかなと考えた結果です。
伝わらないもどかさを感じます。
会員の皆様ゴメンちゃい。


さて、その後の稽古。
mini98、「開眼」してから打たれっぱなし(笑)
でも、くさらず、範士の言われる「元立ちとしての責任」だけは果そうと努力はする。


稽古後、マニアックM先生とマニア談義。
そこでなんとなく開眼後の稽古がしっくりいかない原因を掴む。




うまくいったことを「意識したらダメ」なのですね。




今回の稽古にはChinaからRさんが武者修行に来られていました。

Rさん:「ありがとうございました」

mini98: Rさん、あのね、とってもいいんだけれど、頻繁にフェイントみたいな動きするでしょ?
    あれってさ、今回の稽古では全く効かなかったよね?なんでかわかりますか?


Rさん:「?わかりません」


mini98:それはね、Rさんの「打つぞ!」という気持ちが私に全く伝わってないからなんですよ。Rさんは私の気持ちは考えずに自分の動きをしているだけだか
    ら、私には全く通用しないんです。



Rさん:「先生、それは『相手の心を打たなければならない』ということですか?」



mini98、たまげましたね。
これまで稽古後、稽古をお願いした先生方とお話ししていても、
今回みたいな「返し」をされた経験はありません。
Rさんの修行の深さに感服しました。

これからまた関西地方を武者修行されるとのこと。
怪我に気をつけて頑張ってくださいね。



負けてはいられません!




人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!

   


posted by mini98 at 23:47| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月24日

あと半分の理解

かつて湯野範士が、持田範士に稽古をお願いした時のことを

「湯野くん、そこはさがるところではありません。出るところでもありません。
じっとしているところでもありません。打つところでもありません。さあどうする」

と先生は迫ってくるんだよな・・・と作道選手に話したことがあった。
(『練磨の日々』石井孝春)





自分の「攻め」について。
そして相手に「攻められる」について。
そのことの答えは半分はわかっていて、


その答えは、
そのことの本質は同じであるということ。
上記の場面で「そこは出るところではありません、さがるところでもありません。
動くところでもありません、打つところでもありません。さあどうする」という状態で迎える。


つまり、この時の持田範士の状態と、
それを受け入れるべき湯野範士の状態は「同じ」でなければならない。




問題は、その先。




「やはり柳生新陰流に『カラヲ忘ル事』と『迎之事』というのがありますが、『カラ』は殻で、すなわち身体を捨て忘れるという事です。
『迎之事』とは、わかりやすく言えば相手に餌をまく事、つまり誘いです。この二つを合わせると、相手が打ちをだそうとする時、
誰もが打たれるのは怖いから早く反応してしまいがちだが、それでは相手に変化されてしまう。そこで打たれる身体を忘れなさい、
こうなるわけです」



この「自分のカラを忘れ」て相手に反応することができない。
打たれたくないとか、うまく打ってやろうとか、
そういう自分自身の気持ちに邪魔される。



あーもう。





近所のスーパーで
PayPay対応レジが導入されました。
さっそくアプリをダウンロードして、いざ登録!
・・・しようと思ったのですが、


「クレジットカードのご登録」の場面で、
躊躇している自分がいる。





あーもう。








(はい、皆さんここは『突っ込む』ところです(笑)そこかーい)

人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!

   

posted by mini98 at 23:40| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月23日

普通でいること

職場の同僚と食事。


「どうすれば生徒の力を伸ばせるか」
「どうすれば生徒たちのためになるか」


思いは一つなのだけれども、
その「思い」だけでは前には進まないこともある。
その部分をどう前に進ませていくことができるか。
それは、教員、事務職員、学校に関わる全ての人が、
その一点で突破口を考えていくべき。



「先生、この前事務室に怒鳴り込んできましたよね(笑)あれはどうしてなんですか?」


あ〜あれは、だってね・・・許せんかったんよ・・・

なんていう話を、まさに「腹を割って」話すことができました。
話しながら、「あ〜正面突破しようとしすぎだったな」とか「もっと根回ししとくべきだったな」とか。
そう思っていたんですが、


「でも、mini98さんの言っていることは正しいし、そこを貫いてくれたことは嬉しかったです!」
と、相手の方に言ってもらえて・・・少し気分が楽にはなりました。



さて、



「相手への対応」の問題も、同じようなことが言えて、
自分の「これは正しいんだ」という思いだけでは「有効打突」は生まれない。
かといって、相手への反撃に対して怯んでしまったら打たれてしまう。


稽古と、自分の生活をすり合わせてみる。
その差をできるだけないようにする。


「当たり前だ」といわれることを、
普通にやることほど難しいことはないのです。





人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!

   


posted by mini98 at 23:17| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月22日

初心

マリナーズの地元シアトルでイチローの「引退セレモニー」が行われました。



イチローはこれまで、会見には必ず通訳を入れていました。
「自分の「思い」をきちんと伝えるためには、通訳の力が必要だ」というのがその理由だそうですが、
今回、ファンに対するスピーチは、イチロー本人が英語で行いました。
イチローの地元ファンに対する「愛」を感じました。





僕の経歴を振り返って、もし誇れることがあるとすれば、
2001年の初日から2019年の最後の日まで、日々の挑戦を乗り越え、
毎日同じ情熱を持ち続けられたことです。



いつも変わらず、
自分の好きなことに対して「情熱」を持ち続けること。


いつもイチローの言葉に、
励まされ、考えさせられ、元気をもらい、
自分を奮い立たせてきました。




岡村「結局、量だけではない。そこに込めている心の置きどころが正しいということがなければ、
量を積んでもダメだということになりますね。」

石原「そやから『円相の風光』に「心のさじ加減、気持ちのさじ加減が非常に大切だ」と書いておる。
剣道は気持のさじ加減でどんどん変わってしまう。」

岡村「元立ちをやりながら、自分の稽古を磨いていく方法、これを考えなければ、地方で元立ちをしながら
腕を上げていくことはできませんよ、ということですね」

石原「その通りです。それから、八段を受けようとする人はね、人から教えてもろうて通ろうというような気持ちじゃ
絶対通りません。」

(『剣道歓談』石原忠美、岡村忠典)





ただ、剣道が強くなりたい
そういう純粋な気持ちで努力する気持ち。

そう、

浅原先生に鼻水垂らしながら面を打ち込んで行った、
その時の気持ちを忘れないこと。


まだまだ、
これからです!





Now, let’s play kendo.




人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!

   

posted by mini98 at 18:55| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月21日

腕を磨く

突然ですが。

プレジデント範士の面打ち示範を見ていて感じたのですが、
範士の言われる「ハラの力で打つ」という時の身体の使い方ですが、





こういうことなのかなと。
ハラの力を入れることで、同時に力が抜ける部分ができる。
ハラに力を入れることで、横隔膜が下がり、結果、精神的に集中できる。



教えられなければわからないこともあるけれど、
教えられることで、逆に見えなくなることもある。



良い師について教えを請うことは大事だけれども、
自分自身の研鑽を怠ってはいけない。



先日彫っていただいた篆刻の先生を、ご紹介いただいた本校書道の先生から、

「先生!素晴らしい作品でよかったね。これ、私からのプレゼント。しっかり『書』の腕も磨いて、あの印を活かさんとね!」

ということで、貴重な「印泥」と「墨」をいただきました。
ありがとうございます。



IMG_1129.JPG




人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!

   


posted by mini98 at 19:01| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月20日

完成しました。

マニアの皆様
お待たせしました(笑)


この記事、覚えていらっしゃいますか?


(直心是道場3月7日記事 以下引用)

本校に講師で来ていただいている書道の先生が、
高名な方に師事され、篆刻を修行されているということで、
mini98、印を彫っていただけないかとお願いしました。

「わかりました。まずはお名前の印、それから・・・引首印はどうしますかね?」

・・・「直心」でお願いします。(これはずっと前から決めていました!)

「・・・いいと思います。では雅号印は?」

・・・しばらく考えさせていただけますか?

雅号・・・はて、どうしよう。
雅号なんて自分に必要かな?

例の、アレですよね。
湯野範士は「艸生庵」
プレジデント範士は「玄舟」
って、ことですよね。

なんだか恐れ多いな・・・

と考えていたわけです。

ふと、本校建学の祖、K先生の著書を拝見していた時に、
「辰年に思う」という文章に出会いました。東京オリンピックについての文章でした。
実は、この年はmini98の生まれ年。

K先生の「辰」についての考察はさらに進み、
「十二支のうち、「龍」だけは、想像上の生き物である。龍と言えば、上を目指す昇竜は誰でも目指すところだが、
仏教には『蟠龍』ということが言われている」という言葉がありました。

蟠龍

蟠、とは「わだかまる」という意味。
つまり、天に登らずトグロを巻いている龍のこと。

自らの幸福だけでなく、社会の人々と共に幸福になろうとする仏教徒のことを菩薩という。
菩薩こそ「蟠龍」である。

わかりやすく言えば、
「縁の下の力持ち」的な働きをする存在。


これは「打たれることの肯定」に通じるものがあるなと。


結局、「蟠龍」でお願いしました。


自分で決めた雅号ですので、これに恥じぬよう努力します!

(引用終わり)


本日、完成しました!
IMG_1127.JPGIMG_1128.JPG

素晴らしい!
作成していただいたK先生には感謝しかありません。
「自分の修行のためですから・・・」とmini98の差し出すお礼を受け取ろうとなさらないK先生。


先生、mini98も先生と同じく「修行の身」です。
今回の「印」は自分には「ふさわしくないもの」ということは自分でもわかっていて。
これから、自分自身を高めて、必ず先生に掘っていただいた印を「自分自身にふさわしいもの」にする努力をします。
本当にありがとうございました。
お礼の相場も何もわからない素人なので、この金額でお願いします!


K先生も、
「わかりました!頑張ってください。遠慮なくいただきます!」
と、快く受け取っていただきました。



「直心」を心がけ「蟠竜」に徹する。
そういう生き方をしたい。



そういう剣道がしたいのです。




人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!

   



posted by mini98 at 21:20| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月19日

ギフト

剣道一二ヵ条

一、剣道は、自分の強さだけを知って他の強さを知らないと必勝は期し難い。また、他の欠点のみを知って自分の欠点を知らぬと敗をとる因になる。

二、剣道の修行は、上手にならい、下手に学ぶことが大切である。特に下手によって上達を工夫することができる者でないと、ほんとうの上手にはなれない。

三、剣道の極致は心である。打つ、突く、かわすという剣道のよし・あしはひとつの方便である。

四、剣道の極意というのは剣道の理想である。それは真の人間となることである。

五、技術上で、以心伝心というのは、修行の体験の分量が同じ程度になってはじめて通じ合う精神作用である。

六、真の芸術というのは単なる手技でなく、心術をいうのである。

七、剣道の極意は相対を絶して絶対となり、彼我合一することであり、禅の真如の境界であり、柳生流の西湖水の位である。

八、打たれるのは迷うからである。打とうと思うのも迷いである。打たれず、打たず平然たる時、真の勝ちが生ずる。迷わずして打たれるのは、
  死んだ剣で問題外のことである。

九、勝つのは自分の力でない。相手に隙があるからである。負けるのは相手が強いのではない。自分に隙があるからである。


十、勝つことを忘れよ。真の勝ちが自ら生じてくる。

十一、修行の道程は無限である。しかし先輩に追いつくのはやさしいが、後輩に追いつかれないということはたいへん難しい。
   昔から後世おそるべしという教えがある。

十二、剣道の極意に到達するには何物に対しても親切でなければならぬ。親切心が自分に満たされた時、自分の身辺は皆、自分の味方になってくる。

(『剣心去来』湯野正憲範士 中山博道範士の言葉として)








まさに「納得」の言葉が並びます。
いや、hirotaiさんからこの本を頂いた時に
一応は読破したんですよ。


「本」というのは内田樹の言うように、
「売れる売れない」「いいものをできるだけ安く手に入れる」といった経済論理は当てはまらない。
その時、その人に、一番いいタイミングで、感動を与えてくれる「ギフト」なのです。
今の、この状態のmini98にだけ「響く言葉」があるのです。


ネットで読みたい本だけ買うのではなく、
本屋で何気なく手に取った本が人生を変えた、みたいな「出会い」が「本」には必要です。





結局、「剣道が強くなるような教え」などないのです。
良い師について、稽古すること、打って打たれて、考えて、また打って打たれるの繰り返し。



稽古することが、強くなることへの一番の近道。




「ギフト」いただきました。




人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!

   

posted by mini98 at 21:36| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月18日

対応力

崇菱会稽古。
先週に引き続き、基本打ちの「面」中心の稽古。
しかし、稽古の最後にプレジデント範士が言われていましたが、

「面と小手の打ち方は、打つ高さ・位置の違いだけでほとんど変わらない。
そして、小手と突きも竹刀操作のちょっとした違いだけでほとんど変わらない。
だから今日の稽古がすべての基礎となるんです」


手で打つな 足で打て
足で打つな 腰で打て
腰で打つな 気で打て



範士の言われる「感覚」は何となく理解できる。
「下腹ー男性で言えば『垂れの付け根の部分』にウッと力が入る。その時の呼吸は止まっている。そこから一気に爆発するように!」



会長先生との基本稽古は、先生の気が感じられて、
会長先生が攻め合いから面を打ってこられるタイミングは、やはりmini98の半歩早いタイミングなんだなあとか、
そういうことを感じながら面を打たれたり、mini98の気を受け止めてもらえている気がするわけです。


しかしこれが相手を変えて、
しかも、「今度は相手の動きに対応してみてください」みたいな稽古になると、途端にうまくいかなくなる。
確かに先週は「開眼」したわけだけど(笑)そこに心が偏ると、もう再現できないわけです。



相手と「合気」になってからの突破口は、
自分の左手と腹の動きだと先週は掴みかけた(?)わけですが、
今回は全然。基本稽古後の互角稽古ではボカスカ打たれるわけです。





特に、お銀姉さんとの稽古は「潔くない」稽古になってしまって・・・申し訳なかったです。




これではいけない!
・・・と思って、マニアSJ先生との稽古で、少し「気」を持ち直そうとしたのですが・・・
その後の鋼の侍さんや、ブルー・マウンテンさんとの稽古では、その左手が動く瞬間を面に乗られ、
完璧に打たれました。



しかし、基本稽古での「手ごたえ」というか、
左手が抜ける理由がわかった感覚は間違いないと思うので、
あとは、mini98の「対応力」の問題だけです。



打たれて、強くなる。
反省なきところに進歩はない。





人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!

   

posted by mini98 at 23:30| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月17日

最強の技

先生、合気道の中で「最強の技」は何ですか?


「合気道の中で最強の技は、自分を殺しにきた相手と、
笑顔ひとつで友達になることだよ」


(塩田剛三)



「合気になる」「先」をとるとはこういうことなんでしょうね・・・



そこから、
その状態を「相手を無視せずに相手を突き破っていく」というか、
そういう突破力が必要。


その際に、
様々な技の「引き出し」があればなお良い。







人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!

   

posted by mini98 at 23:59| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月16日

記憶にございません

昨日本校文化祭。
保護者を含め、たくさんの方々においでいただき・・・
元気な生徒たちの姿を見ていただけたと思います。


多数の卒業生も来校し、
懐かしい話で盛り上がりました。
まあ、受付しながら、警備しながら、販売しながら・・・でしたけれど。
またゆっくり話にきてくださいね。



たくさんの卒業生と話をしたのですが、
mini98が現在の学校に赴任した時に、中学一年生だった生徒、現在大学生。
この代の生徒たちには、なんか特別の「思い」があるんですよね。

ありがたいことに、その代の生徒たちの妹たちが何人も在学してくれていて。
その子たちの学校での様子や、逆に自宅での「姉目線」での様子を聞けたりして(笑)
有意義で、幸せな時間を過ごすことができました。




文化祭終了後、
生徒会から、「準備、後片付け担当大臣」をおおせつかっていたmini98。
後片付け担当の生徒たちは本当に文句も言わずにテキパキ動いてくれて、
本当に気持ちよく文化祭を終えることができました。


その後は、
気の合う同僚数人と食事に。


これまた楽しい時間を過ごすことができ、
「よっしゃ、駅まで歩いて帰ろう!」と若くもないのに酔いに任せて歩き出す数人のおっさん軍団(笑)
約3キロ歩いて駅に着き、同僚に別れを告げ電車に乗り込んだmini98。


「いや〜、本当に今日はいい日だったな〜。生徒たちや卒業生の頑張りに負けんようにせんとな〜」
とか考えながら、帰路に着いたわけです。いや〜いい日だったな〜・・・・・




「はっ!」と気づくと、3駅乗り過ごしておりました(汗)
いや〜久しぶりにやっちまったな〜。



普通ならば慌てるのですが、
その駅は、かつて独身時代に生活していた場所の最寄駅だったので、
かつて住んでいたアパートに行ってみたりと「徘徊」を繰り返し(笑)
そこから自宅までの約5キロをまたまた歩いて帰ったおっさん。




帰宅後。




何をしよったん?
(何をしていたの?)




妻に小一時間問い詰められ。
いやーあんまり覚えてないんだよね。記憶にない。



「何それ!(プンプン)」



次の日の朝、
「今日はね、あなたが休みだから映画を見たいと思ってたのよ」
ふんふん、昨日はごめんね。誰が出るん?



「中井貴一とか佐藤浩市とか」


おお〜ええねえ〜、で、タイトルは?






「記憶にございません」










嫌味かよ(笑)

ま、いい映画だったけど。






人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!

   

posted by mini98 at 22:34| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月14日

人間力

mini98が中学一年生の時、
忘れもしません、あれは放課後掃除の時間。
教室のスピーカーからこの曲が流れてきたのです。






これ以来、
チーさまのファンでございます。



本日本校は文化祭1日目。
午後から行われる本校文化祭最大のイベント「パフォーマンスコンテスト」のリハーサル時、
たまたまマイクテストを行っていた先生に、


歌わせてくれ!と申し出て、
誰もいない講堂で歌わせていただきました(笑)
いやー気持ちよかった!



なぜチーさまが好きかというと、
歌もですが、しゃべりがとっても魅力的なんですね。
コンサートに行くと、開始1時間たっても2曲鹿歌ってないとかザラです(笑)
とにかくトークが魅力的で、しかも考えさせられる。








ちょっと政治的な発言もありますが(笑)
それでもやっぱり応援したい。




自分の「主張」をきちんと持って、
それを「発信」する力を持つことは大事です。

「ヤマナカ先生は『剣道を高める』八段。僕は『剣道を拡める』八段」と言われた岡村先生。
「剣道を拡める」力も相当なものがいると思うのですけれど、そういう「人間力」って大事だと思うのです。



人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!

   


posted by mini98 at 19:15| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月13日

身体と瞑想

「・・・暴走する車に対処するとき、人間は瞬間的な瞑想状態に入って自分を車とともに含む『ある構造体』に同期しようとする。その構造体は刻一刻と形を変えているが、その変化にはある法則性がある。この法則性を読みきったものは衝突を免れることができる。『私に向かって「なんだか訳のわからないもの」が切迫してくる』というしかたで『私』に居着いたものは、生き延びることが難しい。
 瞑想のもたらす最も重要な達成は『他者との同期』である。ここでいう『他者』に含まれるのは、人間だけではない。自然現象も、機械の作動も、『そこにいないもの』も含まれる。他者との同期を効果的に達成できたものは、それができないものよりも生き延びるチャンスがある。これは長く修行してきた一人の武道家としての経験的実感である」
(『修行論』内田樹)





タツラー(内田樹信者)の一人として、
「自分に向かってくるもの」に対する対処のしかたとして、
これほどわかりやすく・・・というか、「そうそう!」と共感できる説明があっただろうかと言いたい(笑)



打ちたくなったら打つんや。



「打ってやろう」ではなく、
「打ちたくなったら」というのは、相手の「何らかの変化」を感じとって、
というか、それと同時に、間髪なく対処する。



つまり、相手と一体になる。
そういう意味で「瞑想」と同じなのである。




まさに瞑想である。



同時に思うのは、
弱弱しい自分では、自分を倒そうと向かってくる相手と「一体」にはなれない。
相手と同じ、いや、相手以上に「自分」を持っていないと相手と交われない。
そういう、一見すると矛盾する状態を柔らかく受け入れること。





「強さ」とはそういうことなのかなと。





あ、先日の学生大会で審判をご一緒したオームラ先輩から「極意」を伝授されました(笑)
プレジデント範士の「左足の動き」は、その形だけを真似してもダメで、自分である機会を作っていく作業をしないと意味がないということ。
これは前回の稽古で実証済み。まー面白いようにお相手が飛んできます。ここも研究の余地がありますね。





人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!

   


posted by mini98 at 23:24| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月12日

双手剣の理

打てるときは打たれるとき。




開眼したmini98ですが(笑)



面の「打ち方」ではなく、面を「どこで打つか」問題は、
まだまだ「問題」なわけです。


昨日の稽古でも、
mini98がここだと思った機会で面に飛んだ機会で、
マイちゃんダンナさんに見事な面をいただきました。(笑)
同じような機会で打っても、打てるときと、
見事に打たれるときがあるわけです。


「双手で剣を操作する剣道では相手から打突されるところは、自分の剣が相手に届くところでもあり、
状況次第では逆に相手を打てるところでもある。これを『無住心剣術』では相打ちを最初の手引きとして、
その兵法を伝え、お互いに争うものがあれば、『相討ち』となり相争うものがないので『相抜け』に至るとしているのである。
・・・『剣尖・刃筋・鎬』遣いによる『受け』と『打突』とが二つにならないで一つとなって作用する『攻防一致』の
理の修練による自己開発・創造の道ということになるであろう」
(『懐剣撥雲』作道正夫範士)



自分の「打つ気」が強ければ、
相手が受けに回ってしまい、そういう相手を打つことは難しい。
自分が「受け」に回ってしまうと遅れてしまって打てない。



でも、
そこを恐れてはいけないわけで、
そこを「突き抜ける勇気」が必要なわけです。
その気持ちが持てる人を、



強い




というのでしょうね。




強くなりたい。



お互いがその気持ちで稽古すると、
気持ちいいでしょうね。




人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!

   

posted by mini98 at 23:43| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月11日

開眼したかも?

崇菱会稽古。


稽古前のプレジデント範士のお話。
「子供達への指導でよく言われるのは、『大きな打ちから小さな打ちへ』という手順、これはよく言われることだけれど、もう一つ、近い間合いからの打突から、次第に遠くの間合いからの打突へ・・・ということもあると思う。今日はそのことを踏まえて基本の指導をやってみようと思います。」


今回の指導は、最初の2〜30分は小手、竹刀を持たずに、
これも新鮮でしたが、


ここから、間合いを次第に遠くして(といっても竹刀を持って手を伸ばしても相手の面にギリギリ届かない間合い)からの面打ち。
左手をあげずに、左右の手の操作で面を打つ。

さらに、左足の引きつけを意識して打つ。
さらにさらに、呼吸を意識して打つ。
さらにさらにさらに・・・と深まっていくわけです。


指導の中の「上段からの面打ち」


これは某剣道雑誌の特集でも取り上げられて、
mini98も知ってはいましたが、打つタイミングとか、そういうことをいっておられるんだろうなあと今まで理解していましたが、
そうではなくて「呼吸法」なのだということが初めてわかりました。



本日の基本稽古時、面付け一番だったmini98へのご褒美は、
会長先生がお相手だったということで、先生の「気」をいただきながら、
充実した基本稽古ができました。



その後の指導稽古。
カッシー先生にお願いしました!


自分から打っていって、結果、打たれることはしょうがない。
打たれることは恐れない。

予定通り、ボコボコでした(笑)



しかし、本日のプレジデント範士の基本稽古での示範面打ちは、
mini98にとってのある意味「理想」であったわけで。
それが少しでも現せればと思っていました。



今までにない感覚。




これは「開眼」したかも(笑)





稽古後、
開眼仲間のマニアックM先生と
あーでもないこーでもないと。



でも、この感覚は大事にしたいと思いました。
稽古は試合のごとく、試合は稽古のごとく。




人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!

   


posted by mini98 at 23:18| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月10日

私には夢がある

「・・・表題には『夢』と書かせていただきました。長州藩士明治時代の指導者であられた吉田松陰先生のお言葉に
『夢なき者に理想なし。理想なき者に計画なし。計画なき者に実行なし。実行なき者に成功なし。故に夢なき者に成功なし』とあります。・・・」
(大会パンフレット、プレジデント範士の「ご挨拶」の言葉)


IMG_1125 2.jpg




夢なき者に理想なし
理想なき者に計画なし
計画なき者に実行なし
実行なき者に成功なし
ゆえに夢なき者に成功なし









I Have A Dream
私には夢がある。




剣道で世界平和を実現するという夢が。
剣道の強さとは「争わないこと」だということを自分自身で体現し、
それを広く伝えていくという夢が。



そのためには「強さ」が必要だというならば、
それを手に入れるための「計画」を立て、
必要なことを「実行」しなければ「成功」しないのだ。





I Have A Dream
私には夢がある。








人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!

   

posted by mini98 at 21:33| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする