2019年03月31日

切り落とし

「この技は、まずは気持ちを充実させて攻めます。間合いに入っても、そこから安易に打って出ず、
一つ我慢をする。そうすると相手が苦しくなって出てきます。こちら側は、天を突くように振りかぶる。
するとこちらは、市内を落とすだけですから後から動き出しても早い。相手の竹刀をまっすぐ面を打ち込む
自分の竹刀で弾きます」


「この面は、相手の技に応じようとか、切り落としてやろう、という気持ちがあると
技の遅れにつながってしまいます。相手に面を打たれたり、小手を拾われたり、胴を抜かれたり
することにもなります。ですから、あくまでも稽古を重ね、無心で打てるようになって初めてできる技でしょう。
打ったら終わっていた、そんな感じになりますね」
(滝澤健治教士)


先日の崇菱会の居残り稽古で、
マニアック先生と、お互いに面の打ち込み稽古をやりましたが、
面擦り上げ面にしても、切り落とし面にしても、
「お互い一所懸命」で「相手と一つになる」というか、
衒いなく、かといって受け身でなく。






動作としては、
こちらが竹刀を振り上げる時に応じるか、
振り下ろしながら応じるかの違いはあるけれど、
技を出す心持ちに違いはない。


やってやろう、
と、ここにこだわってはいけないのだとは思うが、
頭には入れておいていい技なのではないかとは思います。


IMG_0883.JPGIMG_0885.JPGIMG_0886.JPGIMG_0882 2.JPGIMG_0887.JPGIMG_9454.JPG





桜は、まだ満開にはなっていませんでした。





でも、季節は春ですね。




人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!


   

全般ランキング
posted by mini98 at 23:38| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月30日

迷いと悟り

「諸法の仏法なる時節、すなわち迷悟あり、修行あり、生あり、死あり、諸仏あり、衆生あり。
万法ともにわれにあらざる時節、まどいなくさとりなく、諸仏なく衆生なく、生なく滅なし」
(『正法眼蔵』)


悟りに向かってあるもうとするからこそ、
「自分は今迷っている衆生だと自覚される」
悟りに向かわなければ、迷いもない。


迷いがなくなることを「悟り」というのではない。


迷いと悟りは一つである。




よく、あがり症の人に、
「周りの人をジャガイモかなんかと思えばいいんよ!」という人がいるが(笑)
それは結局ごまかしであり、

要は、自分の中の「周りからよく見られたい」「失敗したくない」という気持ちと向き合うことで克服していくしかない。
そこに気づくことができるかどうか。



悟りとは、「目が開ける」という意味であるらしい。


先日の崇菱会でのプレジデント範士の稽古後のお話は、
ある意味「悟り」であると思う。
そういう視点をまずは持てるかどうか。
そして、そういう視点を持つからこその「迷い」も出てくる。



打つには打てる理由があり、
打たれるには打たれる理由がある。



打ってやる、ではなくて
「打ちたくなったら打つんや」である。
機会は向こうからやってくる。


その機会をただ待つのでもなく、ガムシャラに求めるのでもなく。
大森範士の言葉で言えば「位をもって相手に対峙する」



今回の愛媛の旅は、
本当に有意義なものでした!




人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!


   

全般ランキング

posted by mini98 at 23:46| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月29日

大森ワールド

マニアックM先生と愛媛県までドライブ。
オッサンズ・ラブではございません(笑)

大森玄白先生追悼稽古会に参加するためです。
先生は、ヒロダイ剣道部の師範として、愛媛合宿での稽古中倒れられ、
そのままお亡くなりになったと聞いています。



mini98自身は、大森範士をお見かけしたことはなく、
稽古もお願いしたこともなく、声も聞いたことがない。
だから大森範士との繋がりは全くないのですが、

今日マニアック先生にも話したのですが、
mini98が前職を退職してから、不思議な縁でマニアック先生と出会い、
それまであまりお話ししたことも、稽古もお願いする機会もなかったプレジデント範士に
稽古をお願いできる機会が増え、両先生から大森範士のお話を伺うことが多くあり・・・

年度末で仕事は確かに山積みなのですが、
瞬間善処で一日くらいは開けることはできる。だからヒロダイ合宿に行こう!
と思って参加できる日にたまたま追悼稽古があった・・・だけかと思ったのです。


朝、マニアック先生がわざわざmini98の自宅近くまで来てくださり、
車に乗り込んで「お願いします!」と言った途端。


「今日はmini98さんに聞かせようと思って持ってきたお宝がある」


と、マニアックM先生が聞かせてくださったのが、
大森先生が愛媛で八段審査受審者に向けて「審査のポイント」を話されている肉声音源だったのです。



mini98,大森範士の声を聞くのは初めてでしたが・・・
亡くなる4年前の講演らしいのですが、ハリのある若々しい声でした。


「先日の審査で、『自分は今回相手を何度も打てた。相手からは一本しか打たれなかったのに、自分が落ちて相手が合格した
これは審査員が番号を間違ったのではないか』という人があったが、それは審査員が間違ったのではなくて、それを言っている人が
間違っているわけです。」
「審査員はどこを見てるかというと『総合的に見ている』総合的とは、姿勢、打ち、そして気分。そういうものを総合的に見て、
ああ、これはその段位の力を持ち合わせる可能性を持っているなと審査員の心に響けばいいわけです」
「普段から、攻めを重視して、十本を五本に、五本を三本に、三本を一本にする。そういう溜めた「お稽古」をする。衒い(てらい)のない「お稽古」を普段から積み重ねていくことが一番の近道だと考えます」



決め打ちをしない。
攻めて、どこを打つかは決まっていない。
「おぼろげに面」とは思ってはいるが。
どうやって打ったかなんて、後から考えても説明できないような打ちこそ大事。



ここは、先日プレジデント範士が話された内容と重なります。



全く大森範士とつながりのなかったmini98ですが、
大森範士が掴まれていた「もの」の影だけでも感じることができる1日となった。
そしてそれが、今自分に一番必要なものであったということは、いうまでもありません。



稽古会終了後、
OKD範士のご自宅訪問(笑)


ここが、マニアックM先生の気遣いの凄さだと思うのですが、
OKD範士の奥様のお誕生日が近いということで、花束を持って行こうと言われ・・・
図々しくOKD範士に稽古をお願いすることもできたかもしれませんが、
範士も明日からご出張ということで、



マニアックM先生ご推薦の「夕日スポット」へ!
まさに「絶景かな!」




大変有意義な1日でした。
マニアックM先生、大変お世話になりました!




人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!


   

全般ランキング

posted by mini98 at 23:20| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月28日

健全な劣等感

「健全な劣等感とは、『他者』との比較ではなく、『理想の自分』との比較から生まれるものだ」
(アルフレッド・アドラー)



他者を「敵」ではないと認識した時、
初めて相手を「仲間」と認識することができ、「仲間のために何かできないか」という気持ちが生まれる。
「他人に貢献する自分」を感じることで、人は初めて「自分自身の価値」を実感できるのだ。




「どこを打つかをあらかじめ決めない。相手の動きに反応する自分を『楽しむ』姿勢で稽古してほしい」
というプレジデント範士の言葉は、





剣道=人間形成




の重要なヒントだと思うのです。
もちろん、それが技術的な面でも有用であることはもちろんなのですけれども。




相手と和合し、
相手に感謝する。
その状態を感じられるようになるためには、
自分自身が「正しく」生きなければならない。


そして、その「正しさ」とは、
他人がどう思うかという、他人の評価を気にする生き方ではなく、
「自分がどうあるべきか」を追い求める生き方なのではないのか。



正しい修行のあり方とは



自分が他人と比べてどうか、なのではない。
昨日の自分と比べて、今日の自分はどうなのか。
なんのために自分は存在するのか。
そこを明らかにしていくということ。




他者の期待を満たすために、自分は生きているわけではない



そういう厳しさも持ちつつ生きる。
それが「対立と調和」の本当の意味ではないのかな?





人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!


   

全般ランキング
posted by mini98 at 23:25| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月27日

おぼろげに面

崇菱会稽古。


「mini98くん、今日も頼むね」とプレジデント範士に指名され、
基本稽古を担当しました。


範士にも言っていただきましたが、
指導することで、指導する本人の稽古にもなるし、
指導を受ける側もまた、自分の幅を広げることができる。



たしかに。
ならば!ということで、
「気分はすっかりプレジデント」でやらせていただきました(笑)



前回に引き続き、
「気を当てる」ということから、切り返し、面打ちにつなげ・・・
できるだけ実戦に近い「約束稽古」を意識しつつ、攻め合いから小手の機会を作る。
しかし、その機会はあくまで「面を意識」していたことから作られるもので・・・


・・・つまり、面の中に面も小手も突きも、応じ技も含まれている。


だから「指導」というよりは、
mini98がこれまで、今に至るまで求めているものについて説明した感じですかね。



稽古後の範士の言葉。

「自分の意識としては・・・7割型「面」を意識・・・かといって「面を打つ」と決めているわけでもない。
後の意識を小手、残りを・・・突き、胴ですかね。とにかく「決めて」ないんですよ。
相手に反応するというか、対処する感覚を楽しむというか。そういう態度で稽古を積んでもらいたいと思います」


範士が道場を後にされる時、
「ご苦労さん!」とmini98に経口補水液を手渡されました。



・・・感激しました(笑)


もちろん、同時に身が引き締まる思いもしたのですけど。





恒例(となってしまった(笑))居残り稽古。
マニアックM先生、別人28ミキティと3分間に時間を限定しての稽古。
さらにマニアックM先生とお互いの「面」稽古。


面擦り上げ面
切り落とし面



むっつかしー(笑)




でも有意義な時間でした!




人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!


   

全般ランキング
posted by mini98 at 23:48| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月26日

氷と水

「憎い、可愛い、惜しい、欲しいの一年に執着すれば煩悩となる。
剣道で言えばカーッと上がってきた気持ち、打ちたい勝ちたい、負けるものかという気持ちは、すべてこの煩悩である」
(小川忠太郎範士)


小川範士が面白い例えを言っておられて、


「煩悩というものは、水が凍って氷になったようなものである。
剣道で言えば、コチコチに固くなっていることである。
ところが、その水を溶かすと水になる。
このように、水と氷は本来別物でないにも拘わらず、水は融通無礙であるのに、
凍ってしまうと氷になって動けなくなる。これも再びサーッと溶かしてしまうと自由自在に動く」



氷を溶かす。
そのためこその熱い心が必要。
それが「先」である。



結局、相手に「触らせない」ためには、
相手に「打たれたくない」とか「打ってやろう」とかを超えて、
それでも相手の前に毅然として立ち続けることが必要なのである。



こだわらない。
執着しない。



その境地は、どこか遠いところにあるのではなく、
すでに自分の中に「ある」のである。



「迷い」と「悟り」は同じ。




さらっと行きましょう!




人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!


   

全般ランキング
posted by mini98 at 23:30| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月25日

正念相続

先日の崇菱会稽古のマニアックM先生との居残り稽古、パート2の際の、
初太刀の「面擦り上げ面」について。


相手の面の軌道にわずかに遅れて、
自分もまっすぐな面を打つ。
この打ちが出る気分でいることができれば、
相手に「触れさせる」ことはないと思います。



ですが「正念相続」の難しさ。
あとが続かない。



狙っては絶対に打てない。
しかし、その気でなければ打てない。
プレジデント範士の言われる「おぼろげに面と考える」ぐらいの気分でいるとちょうど良いのです。




その「覚悟」ができた。




その「技術」が自分にはあり、
その「心構え」が持てる。
それが「自分の中にある仏性」ということか。




ここで、懐かしの画像を(笑)






これも懐かしい。








先日、MZ先生とお話しした際に、
「プレジデント範士は、あの面があるからなー」と。
人から、そう言われるような技があるのはすごいことだと思いますが、
たぶん、プレジデント範士自身は、それが「得意技だ」とは思ってはおられない。
そういうのを「得意技」というのでしょう。



イチローが「絶好調」とは、
「自分のいい感覚ではないのに、打てばヒットになってしまう。自分の力以上の何かが働いている状態」と言っていました。
「スランプ」という状態の中にこそ「自分本来の力」があるのだと。



自分の感覚通りの竹刀操作ができる。




ここを目指す。
そこを目指せる可能性が自分にはある。



・・・ここは自惚れていいかな?



人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!


   

全般ランキング
posted by mini98 at 22:24| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月24日

少子化解決?

システムのあちこちに故障や部品の劣化が発見されて「ここ壊れたよ!」と言う声が上がったときに、
「はいはい、おじさんが修理しておきますからね」と、サクサク手当てをしてくれる人が一定数必要です。
全員が「おい、ここ壊れているぞ。早くなんとかしろよ!」と怒鳴っているだけでは、システムはいずれ瓦解します。
誰かが「はいはい」と修繕に当たらないといけない。

システムの保全が「自分の仕事」だと思う人がいないと、システムは瓦解します。
当たり前のことですけれど、忘れられかけているようなので、声を大にしてもう一度言います。
システムの保全が「自分の仕事」だと思う人がいないと、システムは瓦解します。

この「システム保全仕事」は、基本的にボランティアです。だって、システムの保全は「みんなの仕事」だからです。
「みんな」で手分けして行うものです。別に工程表があるわけでもないし、指揮系統があるわけでもないし、一人一人の
分掌を定めた組織図があるわけでもありません。


「こども」は、システムの保全は「みんなの仕事」だから「自分の仕事」じゃないと思う。
「おとな」は、システムの保全は「みんなの仕事」だから「自分の仕事」だと思う。その違いです。
それだけの違いです。


(『街場の共同体論』内田樹)






細案なるものに、自分の名前が載って、それを確認したのち、初めてそれが「自分の仕事」だと認識する。
若手に限らず、そういう人が増えてきたように感じます。




だから、細案がはびこるシステムは、
瓦解が近いのだという「危機感」を感じてしまう。




職員室で掃除機がけをしていても、
給湯室の生ゴミを後片付けしていても、
同僚からは「ソームは大変ですね」と声をかけられる。




そう言われるたびに、心の中では「違う」と思いながら苦笑いしている自分がいる。



それでも「はいはい、私がやっておきますよ」という「おじさん」や「おばさん」が、
ちょっとでも増えたらいいなと思っている。
それは職場だけではなく、社会全体で。







「こども」の数が異常に増えてしまった。






あれ?




たしか、「少子化」が社会問題になってたんじゃなかったっけ?



人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!


   

全般ランキング
posted by mini98 at 22:19| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月23日

ただ、上手くなりたいだけ

「剣道の極意というのは剣道の理想である。それは真の人間となることである」
「真の芸術というのは単なる手技でなく、心術をいうのである」
「打たれるのは迷うからである。打とうと思うのも迷いである。打たれず、打たず平然たるとき、真の勝ちが生ずる。
迷わずして打たれるのは、死んだ剣で問題外のことである」
「勝つのは自分の力でない。相手に隙があるからである。負けるのは相手が強いのではでない。自分に隙があるからである」
(中山博道範士)



イチローが引退。
・・・と言うことで、これまで書き留めたイチローの語録や、
新聞記事、雑誌の記事を整理し、改めて見直していました。



その資料に混じって、師の米寿の祝いに対するお礼の文章が挟まっていました。


「・・・春風接人 秋霜臨己を座右の銘として、地域の力強い支援をいただきながら鋭意努力し継続してまいりました」
「剣の心を極めるため、さらなる研鑽を積みながら、健康保持に勤める所存でございます」



何か、mini98の中で、イチローと師とつながるものがあったんでしょうね。



もっと言えば、イチローとプレジデント範士は同じお誕生日ということで、
不思議な縁を感じます。








昨年「会長付き特別補佐」なんて肩書きを与えられて、
試合に出られなくなって・・・事実上の「引退」じゃないのかと思っていたけれど、
それでもキャンプに参加し、ずっと「稽古」を続けてきたイチロー。

引退会見の時も、
「明日も身体は動かし続けているでしょうね・・・」と言っていたイチロー。



ただ、野球が好きで、上手くなりたい。



イチローに終わりはない。



剣道の極意は、真の人間となることである。
ただ、ただ剣道が好きで、上手くなりたい。



終わりなんてないのである。






人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!


   

全般ランキング
posted by mini98 at 23:40| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月22日

剣道とイチロー

「形の生命は理合いであり、理合に従えば動作は正しく決まっていく。
間違った動作は、すなわち理合いに対する理解が充分でない。
だから理合の説明はする。しかし動作は示さない。示すと今度はそれにとらわれてしまう。
専門家を目指す限りは、あくまでも自分自身で考え、思念を深める中で体得することが肝要であり、
そこに自己の確固たる剣道はつくられていく。これが武専の指導でした。」
(松井貞志範士)


昨日の剣道形試合で気になったこと。



一本目打太刀の面と、五本目打太刀の面を打った後の姿勢。
四本目打太刀の突きの後の姿勢。
七本目仕太刀の折敷胴の手の位置。
小太刀三本目の仕太刀の帰る足。



「こうやるんだよ」と形を示すことは簡単だけれども、
そこを真似するだけでは意味がない。
「理合の研究」を自分自身でしてみることに意味がある。




イチローが引退しました。




イチローの素振りは独特です。
まるでゴルフのスイングのような軌跡でバットを振ります。
なぜそうなるのかについて、イチロー自身の解説があります。





先日の崇菱会の基本稽古で、
間合いに入っていくときにできるだけ手元をあげないことで、打てる可能性が広がる、
という話をしました。


理論的にはイチローと同じだと(笑)



mini98の剣道理論にも大きな影響を与えてくれたイチロー。








お疲れ様でした・・・とはあんまり言いたくない。
まだまだ、これからもイチローに注目していきたいと思います。




人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!


   

全般ランキング
posted by mini98 at 17:04| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月21日

理合いに則った動き

「剣道形は組太刀であり、約束として打太刀は師の位、仕太刀は弟子の位と決められている。しかし、
位を除けば、あとは対等でなければいけない。むしろ仕太刀の方が心気の面で大きく鋭くあるべきである。
打太刀が師の位だからといって、仕太刀が打太刀に気持ちも構えも負けているようでは、しっかりとした
対応はできず、理合いに則った技も生まれてこない。つまり形が成り立たないことになる」
(佐藤忠三範士)



午前中、ヒロダイ剣道部剣道形試合の審判。


image.png
(稽古中の学生たちをパチリ)



試合内容については「へたくそ剣道理論」をご覧ください(笑)



さて、その後マニアックM先生と昼食をご一緒しました。


IMG_0783.JPG


古民家カフェ。
美味しかったです。
マニアックM先生ごちそうさまでした。


自宅に帰り。
mini98、先日友人からの繋がりで、某新聞社の夕刊の連載「健やかライフ」の記事執筆を依頼された(『友達の輪』で、次々にリレーしていく企画です)ので、その記事を執筆!


締め切りが迫っていたのですが、何とか書き上げました。
あと問題なのは、「近況の写真を送付してください」という条件。
これは相当、文章以上に「手直し」が必要かと(笑)



600字という限られた文字数ですが、
これまでの剣道人生の意味について書いたつもりです。



掲載される日時が決まりましたらお知らせします。



人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!


   

全般ランキング

posted by mini98 at 22:19| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月20日

気を感じる稽古

崇菱会稽古。
プレジデント範士ご出張のため、今回もmini98が基本稽古を担当しました。
プレジデント範士の指導を受けたくて参加されている先生方には、ただ申し訳なく・・・

しかし、任されたからには。




本日のテーマは「気」であります。




まずはちょっと「気」について考えるきっかけというか、
興味を持っていただけたらと思って、イワゴンのこの著書の内容を思い出して実践してみました!







別人28号ことミキティを「気を感じる側」に指名(笑)


オールドサワー先生を「気を発する側」として向き合わせ、10メートルほど離れたところから、
「気」をミキティに届くように当て続けてもらいながら前に進んでいく。


ミキティは目を瞑ったまま、「何かを感じた」時点で手を上げる。


どこまで近づいた時点で手が上がるか。



オールドサワー先生は、2、3メートルのところでミキティの手が上がる。
続いてSky先生を指名し、チャレンジしていただく。
さすがに高段者、5メートル以上離れたところでミキティの手が上がりました。


「気」は確かに存在する。
その思いを持って、相手と対峙することを考えていただきたい。
そこを意識していただきながら、技の稽古に入りました。


ただ間合いに入るだけではなく、
「気」を相手に当てながら入っていく。だからこそ、それを感じた相手が動く。
そこを「感じて」打つ。


mini98もできるわけではありませんが、


「気」について考えるきっかけになればと。



人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!


   

全般ランキング
posted by mini98 at 23:36| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月18日

耳に見て目に聞く

耳に見て目に聞くならば疑わじ自ずからなる軒の玉水




ニュートンはリンゴが落ちるのを見て「万有引力の法則」に気づいた。
ワットは沸騰するやかんのフタを見て「蒸気力」のヒントを得た。



リンゴが落ちる。
お湯が沸いてやかんのフタがカタカタ鳴っている。



なんでもない、
ごく普通の光景だけれども、
彼らはそれを見て、聞いて真理をつかんだ。




つまり、
「俺は聞こえる、この耳で聞いていることが全てだ!」
「俺は見える、この目で見えることが全てだ!」
そう言う態度では、見えるものも見えず、聞こえるはずのものも聞こえない。




聞こう、見ようとする真摯な態度が大事。
そういうことを言っているのかなと思いました。



目で聞く、
耳で見る。



おのれの全ての感覚を使って、掴みとろうとする態度。




「いくぞ!でなく、さあこい!」
この感覚は、学ぶ際も必要なのである。




人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!


   

全般ランキング

posted by mini98 at 20:41| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月17日

自他一致

本日の稽古で感じたこと。



無敵とは、相手を打ちのめすことで得られるにあらず。
相手を「敵と感じる自分」を見つめて、そこと戦うことによって得られるものなり。



相手が自分の前に立っていてくれるからこそ、
「より醜い自分」を見ることができる。

相手が自分の前にいてくれるからこそ、
「まだ見ぬ自分」を引き出すこともできる。



対立と調和

和合と感謝



西野吾郎範士が若き頃、
玉利範士と稽古された際、玉利範士が
「さあいらっしゃい、私の手元をあげさせてごらん。
手元が上がったら私の負けだ」と言われていたそうだ。
玉利範士といえば竹刀を作製されたことでも有名だが、
その竹刀は細身であったようである。
範士にとって竹刀は「相手を打つもの」ではなく、
「相手の心の乱れを指摘するもの」であるという思想があったようで・・・




無敵を目指すならば、
まず戦うべき相手は自分自身なのである。



相手と自分を分けない。
自他一致。




打つ際の重心の移動は、
「相手のヘソに向かって」というよりも、
むしろ自分のヘソから相手の足元へ向かって落としていく感覚で打ち出せばよい。
(倒れこむ感覚を持つ)





あと、ちょっと偉そうですが、mini98ごときが言う立場にないんですが、
あえて言うならば、

範士と教士の差は、
「気」だなと。





以上3点。






中国新人剣道大会、無事終了いたしました。
この度、mini98の大学の先輩でもある、鳥取のS先輩がこの大会をもってひかれるということで、
これまで本当に頼りない、力にならない後輩のmii98に、ことあるごとに声をかけていただきました。
ありがとうございました。



また、TTIのメンバーとともに稽古の機会があればお願いいたします(笑)



先輩、本当にお疲れ様でした!





人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!


   

全般ランキング

posted by mini98 at 23:16| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月16日

変化に応じる

本日中学卒業式でありました!
本校中高一貫校ですので、例年ならば該当学年だけの式参加で行われるのですが、
今回から、保護者も参加してもらい、他学年の教職員も参加して節目の行事として位置付けようということで、
いつもよりも盛大に執り行われました!


本校中学卒業式は2部構成で、
まずは保護者も参加しての厳粛な「卒業証書授与式」が行われ、
その後、各クラスでクラスごとの「最後の終礼」
そして再び保護者の前で「卒業講座」と銘打って、
三年間で身につけた、校訓である「正直、勤勉、清潔、和合、感謝」の思いを生徒それぞれに表現する発表の場が設けられます。
中三教職員一同も、生徒に対してサプライズ動画のプレゼント発表もあったりして、笑いあり、涙ありのメリハリのついた大変感動的な式典なのです。
(その代わり時間も長いですけれど)



中学三年間は・・・mini98も中学生の担任を務めたことがありますが、
生徒が劇的に変化する時期に寄り添える感動があります。
その子たちをさらに高校三年生まで見届けることができることが私学の強みであると思うんですよね。
中一から高3まで、人はこんなにも変わるのかという変化を生徒たちは見せてくれるんです。
その分、そこに関わるものの一人としての責任も重い。
教員がどうこの時期の生徒に関わるかは本当に繊細な問題です。




いい式だったと思います。




その余韻に浸ることもなく、
後片付けもソームの他教員に任せて、
mini98は「中国高等学校新人剣道大会」へ!
もちろん大遅刻ですが(笑)



会場に着くと、
鳥取Y先生から声をかけられる。
崇菱会鳥取遠征の際には大変お世話になり・・・というか、
Y先生の「剣道マニアック話」で盛り上がったわけなのですが・・・



「mini98さん、先日、『袴』縫い上げましたよ!」



は?



は、袴を自分で作ったんですか?



「はい!」(きっぱり)



Y先生はmini98の大学時代の師、丸田師範と武専で同窓生のY先生のお孫さん。
まー血は争えないということですか(違うか(笑))




でも、そういう話・・・好きなんですよね(笑)



さらに山口のモリモリ先生から、
「直心是道場見てます!」と言っていただき、



ありがとうございます!




さて、選手の試合を観る。
・・・思ったのは「相手に対する感謝」が足りないということでしょうか。
自分が打ちたいという気持ちを前面に出すだけでは上手くいかない。
その気持ちが消えて「一所懸命」な選手が光っていたように感じました。


でもだから、
指導者がどんな声がけを選手にしていくかが大事なんでしょうね。



試合は明日も行われます!



人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!


   

全般ランキング
posted by mini98 at 22:21| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月13日

触らせない

マニアックM先生から着信アリ。


仕事の合間に電話をかける。
「・・・ああ、例の『触らせない』の件なんだけど」
と、切り出される。

「最近プレジデント範士とお話しする機会があって、そこでの話や、
その時の出来事から察するに、範士がmini98さんにそう言われたのは、
こういう意味で言われたのではないのかなあ・・・それとこの前の地域指導者講習会での
F川範士の稽古が本当に素晴らしくて、まさに相手に『触れさせない』稽古そのものだった。
それを目の当たりにされた後だったので、特にそういうことが目についたんじゃあないのかと思うよ」



なるほど。



そのまま崇菱会稽古。
プレジデント範士は海外でのご指導から帰国されてはいましたが、
休む暇もなくご出張ということで、本日の稽古はお休み。


mini98が基本稽古を担当しました。
先週の「教育実習」(笑)で、皆さん基本の面打ちに対しての理解は進んでいるようだったので・・・
本日はその続き、応用編もどきを考えました。




構えのまま、間合いに入る手順。
構えがそのまま「攻め」となるとは。
「決め打ち」をしないということの意味。
「合気」になることの大切さ。




伝えたかったのは、そんなところでしょうか。



さて、互角稽古。
先週に引き続き、鋼のサムライさんがmini98の列に。
相当意識して(笑)『触らせない』稽古を心がける。
受けに回らない。先をかける。
「さあこい」と向かっていく。



先週よりはマシだったかな?
今回のことが「ヒント」になれば。



居残り稽古はマニアックM先生、ミキティーこと「別人28号」(笑)との稽古!
ちょっとうまくいったからといって、それを次にそのまま使ってうまくいくかというと、
そんなことはなく。

「正念相続」の難しさ。





鉄人を操る、正太郎少年のリモコン欲しい(笑)











人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!


   

全般ランキング


posted by mini98 at 23:38| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月12日

大当たり!

今日は、夕方まで全く食事をとることができず・・・
週末に共に食事した同僚も、昨日から全く同じ状態であることが判明。



こりゃ、なんかにあたったね。



・・・あたったといえば。
今日職場で会議をしていてふと思いあたったことは、
(ずいぶんと強引な展開ですが(笑))




「無敵」とは「敵を作らない」こと、これが「武道の本質」というが、
敵を作らないことというのは、相手の意見にただ黙って屈することでは決してないということ。
対立せずに、より良い道を探って切り抜けていくこと。



なるほど。
「相手に触らせない」
とはこういうことか。
だいたい「負けの肯定」ということは、
ここにつながらなかったら意味がないのである。


範士の言葉は、
日常に活かせばこういうことなのかなと。





これまで何度となく引用してきた文章であるが、
ふとまた頭に浮かぶ。

「教師となり、丸10年目の春。
強く、正しいことを貫こうとすれば疎外され、「yes-man」では己を失う教育現場。
『和して同ぜず』の大切さを痛感する・・・・現代社会そのものが寒稽古のような昨今。
十五日間では終わらない、苦しい時もある。でもやっぱり嬉しいし、充ちている。
体大で学んだ厳しいけれどもあたたかい道の求め方を子供達とともに修行していきたいと思っている」

(『快剣撥雲ー豊穣の剣道』作道正夫範士、潮田香奈子さんの文章『足の裏』)








和して同ぜず=対立と調和=負けの肯定




なんとなく、稽古と日常が繋がった気がした一日であった。




夕飯はフツーに食す。
昭和生まれはタフです・・・と平成最後のにつぶやいてみる(笑)



人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!


   

全般ランキング
posted by mini98 at 22:54| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月11日

自然は残酷で、偉大だ。

2011年はmini98にとっては再出発の年でもある。
現在の職場に移る前、四月からの新生活に不安を抱えながら毎日を過ごしていた時、
目に飛び込んできたのが、津波に飲み込まれていく街のテレビ中継である。


一瞬、何かの映画かと思うような映像であったが、
すぐ「これは大変なことが起きている」ということだけは理解できた。





あれからもう8年。





やまどりのほろほろと鳴く声聞けば父かぞと思う母かぞと思う





自然は偉大で、厳しく、優しく、残酷である。
私たちは、それでもそこでしぶとく生きていかなければならない。




今日はお休みをいただいて、
あれこれと用事をすませる予定であったが、
体調が思わしくなく、おとなしく過ごすことにした。




一日が終わり、
また新たな一日が始まる。



大きな力、法則のもとに
私たちは生きている。






人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!


   

全般ランキング




posted by mini98 at 23:37| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月10日

剣道家としての誇り





「これを良き機会と致し、田舎で静かに余生を送る覚悟です。
八十一歳を過ぎた人間が、承諾したことが間違いでした」と一葉のお便りを頂戴した。
このお葉書を拝読しながら30数年前に持田先生が三菱の朝稽古後にエレベーターの中でつぶやかれた場面とが
二重写しとなって重ね合わされ、剣道家としての誇り、孤高の剣振りによる自らの身心を透徹する観の目の厳しさに
大いなる教示を受けたのであった。
(『懐剣發雲』作道正夫範士)



「職業には貴賎はないと思うけど、生き方には貴賎がありますね」



これまで生きてきた時間よりも、
これから生きていく時間の方が短くなってきたし、
大事に思えてきた。



剣道家としての誇り。



ここからの人生をどう過ごすか。


人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!


   

全般ランキング

posted by mini98 at 19:00| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月09日

まねがほんまもんになるまで

「一日まねをしたら、一日のまねや。

二日まねして、あとまねせなんだら、それは二日のまね。


ところが一生まねしておったら、まねがほんまもんや」



「人間の欲望に従っては、迷いの世界だ」







正しい稽古をただ繰り返す。
試合で勝ちたいとか、審査に受かりたいとか、
そういうことは考えず、ただ正しく、「先」をとって稽古する。
「浩然の気」とは、そういう姿勢から自然に出てくるもの。




そこに、我も彼もない。



ただ、師の背中を見失わぬよう、
師の目指されている方向を見誤らぬように
「我が道」を進むのみ。



「まね」が「ほんまもん」になるまで。



人気ブログランキングに参加しています
クリックお願いします!


   

全般ランキング

posted by mini98 at 15:59| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする