2019年02月28日

女子礼法

女子礼法。


明日の卒業式を前に、
式典の予行を行いました。



mini98一応ソームブチョーとして、
生徒に対して、礼法指導を行いました。
ブチョーに就任した際、本校卒業生の先輩教員から厳しくレクチャーを受けて、
本校にずっと引き継がれている「礼法」を次に伝えることを考えてこれまで指導してきたわけですが、
今回、生徒にとっては、三年間、あるいは六年間本校で過ごした集大成となる式ですので、
そのことを生徒には伝えてみっちりと。



証書の受け取り方、
礼の仕方
起立、着席の仕方。
立ち方、座り方などなど。




その際、ある古株教員から(mini98も年齢的にはまあ古株といえば古株ですが(笑))





「mii98 先生!そんな変な礼は生徒に教えないでほしい!剣道じゃないんだから!」




mini98が剣道をしていることを踏まえて、
それを生徒に押し付けているとのご指摘。



ちなみにmini98が先輩教員から受け継いだ礼はこちら。




古株教員が主張した礼はこちら




問題は手の位置であります。
どちらが正しいか。それはあえてここでは言わないけれど、
mini98は、本校でこれまでずっと行われてきた「礼」を貫いて伝えていきたい。
先輩には失礼ですが、いちばんの問題は、生徒が混乱しないようにすること。
「先生、申し訳ないですが・・・これが我が校の伝統ですので」と丁重にお伝えしまして、
前後裁断、「今」を貫きました(笑)
(まあ、その先生よりもmini98の方が本校での勤続年数は短いのですがね)





それよりも問題は、
「剣道じゃないんだから」
の言葉の方だと思うんだけど(笑)




私は、剣道は「文化」だと考えているので・・・
どちらかというと、本校卒業生から受け継いだ「礼」の方がしっくりきましたね。
古株教員の言われる「礼」は・・・ビジネスマナーとしては一般的なんですかね?




明日は、良い卒業式になりますように。




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2019年02月27日

身心脱落

崇菱会稽古・・・は参加できず。



しかしね、mini98思うことがあって、
OKD範士の公案「打ちたくなったら打つんや」がおぼろげながらわかってきた気がしてきたのです。



「今、ここ」
だから、急用が入った時点で「急用きり」
「ああ、稽古行けたのになあ・・・とは考えない」


こうしてやろうああしてやろう。
こうならばいいのに、なぜこうならないんだ。
「今」が全てで、過去起こったこと、これから起こることに心を奪われない。


ごまかそうとしていない限り、
正しいことをしている限り、
そこを信じて、そこに身を投じている限り、



「迷い」と「悟り」は一体である。



「打ってやろう」は迷いである。
悟り(有効打突)は、悟ってやろう、悟りたいと思っている限り、悟れないのと同じように、
打ってやろうと思っている限り打てない。
正しく、どこを打とうとか考えずに、相手に乗って、攻めていれば、
相手の方から打たれにくる、その瞬間を逃すな。




そのうち、打ちたくなるから、そこを焦るな。
そういうことなのかな。



そこに至るには、「迷うこと」でしか至れない。
いや、「迷い」こそが「悟り」である。
だからこそ「その場きり」を意識する「修行」が有効である。












今日の稽古は、ここを試してみたかった。





あ、「後悔」してるか(笑)
修行が足りん!




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2019年02月26日

小手頭変更!

小手頭がボロボロなのだけれども、布団はまだしっかりしている小手があり、
修理するかどうか悩んでいたのですが、以前DD先生からいただいた薙刀小手の頭があったことを思い出し、
DD先生の、手首部分に皮一枚入ったカスタムはそのままにして、両者を連結してみました。



IMG_0735.JPG




全剣連は、五本指の小手などの使用を、安全性などの面から禁止していますが・・・



はめてみると、
自然ですね。なんの違和感もない。
人差し指だけが独立しているだけで、こんなに違うものですかね。


ただ、
切り返し、打ち込みなどを行うと、
人差し指部分のクッションの弱さが気になりますね。




「小手がどのように握られ、どのように動くのかが職人に理解されず、ただ、小手の型を製作しているのであれば、
剣道の技術も進歩しないでしょう。防具の作り手も剣道技術の発展に大いに貢献していると言えるのです。剣道家は
使い心地の良い防具を作ってもらうよう職人に注文し、」防具師はその人の技術に適した作品を製作する。両者の関係が
以心伝心になった時、剣道は大いに前進すると思います。(馬場欽司教士)






剣道具に対する剣道家の姿勢が剣道を発展させる。
剣道家に対する防具職人の姿勢が剣道を発展させる。



今回は「お遊び」みたいなものでしたが、
剣道具に対する「こだわり」は大事にしていきたいと思います。



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2019年02月25日

猫の妙術

MZ先生との稽古。
先週の反省をもとに、多少「遠間」で稽古してみました。


初太刀。
お互いのやり取りから「打ちたくなった」ところを面。
軽かったが、打ち抜いた。
MZ先生も反応が遅れる。




なるほど、
自分の間合いでないところでは、
MZ先生といえども対処はできないのか・・・



しかしね、
そこからは、MZ先生の術中にはまり(笑)
・・・というか、MZ先生は自分の間合いに持ち込もうと間合いを詰めてこられる。
その間合いの詰め方が絶妙で、そこに「振られて」しまうんですよね。


やっぱり、MZ先生の得意な間合いに入っての勝負の方が、
今の自分のためにはなるなと。



「mini98、本を読んどるか?」
・・・これは今までのMZ先生にはない言葉(笑)
そこで紹介されたのが、この本。









「ここに書いてあること、特に『念』と『感』の話は、今のお前には大事な話」





MZ先生、ありがとうございます。
「新訳」が出たんですね。



今、これ読んでますので。




この後読んでみます。



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2019年02月24日

隻手の音声





そもそも
稽古はなんのためにするのか。
試合に勝つため?審査に合格するため?
試合がなければ稽古しない、審査がなければ稽古しても仕方がないのか。




稽古は。
稽古でしかない。




情熱を持って、やるべきことを繰り返す。
ただ、稽古する。



ただ、試合や審査は「目安」としては有効かな。
くらいの気持ちで(笑)




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2019年02月23日

正師を得るということ





剣道をならうことは、自己をならうことなり。
竹刀という剣は、相手に向けられた剣であるとともに、自分自身に向けられた剣でもある。


相手を前に、面・小手・胴・突の4箇所を、
気迫あふれ、正しい姿勢で、ただ打ち、気を抜かない。
シンプルな競技であるがゆえに、
自己の「精神性」が大きなウエイトを占めてくる。



自分の中に仏がいるというのなら、
なんのために修行するのか?



若き道元が突き当たった「壁」
修行そのものが悟りである。
稽古そのものが、剣道の目指すところなのである。



だからこそ



禅の修行がそうであるように、
正師を得ることの大事さはいうまでも無い。




この動画を見て、あらためて感じました。



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2019年02月22日

身を乗り出す

武道では、「立場にしがみついていること」を「居着き」と言います。
そして、武道の修行はその過半を「居着きを去る」ための心身の訓練に割きます。
居着く人は、危機的状況に際会した時にも「どうしていいかわからない自分」に居ついてしまう。
「恐怖している自分」「混乱している自分」に居ついてしまう。そして、それを死守しようとする。





そうすれば「死ぬ」ことがわかっているのに、
なぜそこに留まろうとするのかが理解できない。




「私、もうすぐ死ぬんですけれど、その死に方を決めてもらえませんか?」




そう言っているようにしか、mini98には聞こえません。





何でもかんでもそっちで「決めてくれ」って、
もう反吐が出ます。



「あなたがたから見たら、私は殺すべき相手である。私はそれを理解している。あなたの立場であればそれは当然だろう。
だが、その判断を私に機械的に適用することを、今いっときだけ停止してはもらえまいか。判断を留保して、
「目の前にいるこの男の言い分にも、あるいは一理あるのかもしれない」という仮説的な未決状態を採用してはもらえまいか。」




山岡鉄舟のこのような態度。



死ぬことがわかっていて、
だからこそ、まだ「生きる」可能性を探る力こそ、
「コミニュケーション能力」という力ではないのかと思う。




相手に向かって身を乗り出す。



「打ちたくなったら、打つんや」




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2019年02月21日

情熱を忘れない

「約2500年前に、お釈迦様が『同じことを同じように繰り返していると、悟る可能性がある』とおっしゃっていました。
また、伝教大師最澄は、『最下鈍の者も、一二年を経れば必ず一験を得ん』という言葉を残しています」






「どんな愚かな人でも十二年間同じことを続ければ必ず一つの悟りを得る。ただし、情熱を失ってしまったら、悟る可能性は無い。ー初心忘るべからずー情熱を持って続けてこそ見えてくるものがある」











悩む君へ捧ぐ。






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2019年02月20日

機器導入の危機

本日所用のため、崇菱会は欠席。
学校行事で訪れていたスタジアムで、たまたまお散歩?に来られていた布袋様にお会いし(笑)
その旨をお伝えしました。


さて、


例えば、ソームとしてこういう行事をやる際に、
同僚から「細案が欲しい」と言われることが増えてきたように感じます。
数年前ならば大まかな段取りを確認しておけば済むような些細なことも、
「どのタイミングで、どう行動すれば良いか」をこちらで決めてもらいたいという要求なのです。



私は、それだけ人同士の「関係性」が希薄になってきた証拠だと思っていて、
要求されれば「細案」なるものは作成しますが、出来るだけ簡素なものにあえてしています。
(簡素な細案って?と突っ込まないように(笑))


細かく決めれば、行事がうまくいくかといえば、
そうはいかない。結局誰かが人と人との「隙間部分」を埋めることを、
自分の仕事とは決まっていないのにやってくれているのです。



「決められたことしかできない(やらない)」人は、
その「ちっちゃなおじさんやおばさん」の存在には結局気づけない。




「細案」は便利だけど危険だ。
主体的・対話的で深い学びが生徒に求められている今、
教員の主体性、他人との対話、物事から深く学ぶ力が必要であることは言うまでもない。



ICT機器を導入すれば、それが即実現するかのような「幻想」は持たない方が良い。



結局、求められているものは、
人の持つ力であり、他人を思いやる心なのだ。



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2019年02月19日

直心について考える

「相手と構えている時、自分が直心、素直な心でいると、相手が打とうとするのが映る。
泣き声で赤ちゃんの気持ちが母親に映るのと同じ。それで相手が打とうとする「ウ」のところを打つ。
これが「機先を制する」ということ」
(『小川忠太郎範士剣道講話(一)』)






妻に、
「子どもが小さい時に、泣くと泣き声で、お腹が空いているんだとか、眠たいんだとか・・・わかったかい?」
と聞いてみた。



「・・・どうだったかね?わからん」(笑)



「ただ、泣いた時の時刻とか、状況を判断して、何となくこうじゃないか・・・かねえ?」



小川範士が、打突の機会を「親心」に例えられたのは偶然ではない。
直心とは、自分を考えないということ。「親心」に通じる。
そう考えられたのではないか。



状況を判断する際に、どんな気持ちでいることが望ましいのか。




「直心」は、もともと持っているものならば、
修行は必要ないのか?



・・・いやいや「もともと持っているものを曇らせないこと」が修行なのです。



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2019年02月18日

生きるために死ぬ

MZ先生と稽古。


「いくぞ!ではなく、さあこい!」
さらに、西郷ダルマさんの「直心」をイメージして。


形としては手元を崩されることはなかったが、
なんていうんですかね、mini98の「打たれ方」が悪い。
気持ちの引いたところというか、前に出て打たれていない。



「mini98!間合いが近いよ。お前くらい背があるんだったらもっと遠いところからいけるはず。
今日の間合いは、ワシの間合い。自分の間合いをつかまんとダメだぞ」




お言葉ですが(笑)
今日より遠い間合いだったら、今の実力のmini98は、さらにMZ先生に「振られて」ますよ。
今、mini98は相手の有利な間合いで「振られない」ことを試しているので、
自分の納得した「打たれ方」ができるようになったら、間合いを今より遠くして、先生と勝負しますよ!




こういう可愛くない「口ごたえ」できるのもMZ先生だからこそですよ(笑)




生き延びるためには、
一度死なないと。



そんな気持ちかなと思っています。



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posted by mini98 at 22:46| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月17日

「敵」をなくす

「敵をなくすには、「敵」をなくすのではなく、「これは敵だ」と思いなす「私」を消してしまえばいい。
論理的には確かにそれしか解がないのである。」
(『修行論』内田樹)




本日は、中学入学説明会。
多くの新入生の生徒、保護者をお迎えしました。
4月の入学式までの過ごし方や、準備についてのお話。
また、この学年から始まる新たな取り組みの内容について、 

説明が行われました。



親心に応え、精進する。


mini98、ソームブチョーとして、
本校の「建学の精神」が伝われば・・・という思いで、
対応させていただきました。



人対人



「自分の思い通りに相手をコントロールしてやろう」
と考えて行動すれば、相手に何らかの「違和感」を与えてしまうと思うんですよね。
そういう「私」を捨て切って、ただ、今、ただ、直心で対応していく。



迎える側も、
迎えられる側も気持ちよく。



仕事が終わって、
帰宅後、以前マニアックM先生にいただいた「西郷ダルマ先生VSプレジデント範士」の動画を久しぶりに拝見しました。



この稽古、今拝見すると、
その当時の西郷ダルマさんの「直心」と、
プレジデント範士の「対応力」を感じます。
動画を最初に見た時とは違う感覚を持ちました。



「相手を敵と感じる私」を消す。



この歳になっても、
この歳だからこそ、
この課題は難しいのです。




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2019年02月16日

蹴らない動き

「西川選手は身体を沈めることで相手を動かそうとしました。しかし、そこで気が前に出ていません。
見方によっては気が止まった状態と言えます。つまり気の充実が途切れた瞬間です。
 一方の藤原選手は鎮まった心で相手の動きをじっと見ています。そこに西川選手の気の動きが見えた。
しかも動いて止まっています。打突の機会としてはこれ以上望むべくもない絶好の機会だったのです」
(第8回全日本選抜剣道八段優勝大会 佐藤博信範士の講評)




この面、この機会が一つの「理想」ですかね。



下り坂で下りを向いて、
右足をあげると、自然に身体が前にでる感覚。
で、面を打つ。



「よっしゃ、打てる」


・・・と思った時点で既に遅れている。
「打とうと思わない」
「面とか小手とか決め打ちをしない」
という教えは、結局そういうことなのだと思います



重力を利用するから、
身体への負担が少ない。
起こりが見えにくい。
筋力を使わないので、高齢者でも素早い動きが可能。



機会を捉えるには、重力を利用する。
結局ジェットコースターと同じ原理です。
重力のエネルギーだけで最大のスピードで移動できる。
その動きは、実は歩く時に普通にやっている動き。


ここがまず理解できないと、
「機会を捉える」ことの糸口は掴めないのかなと。




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2019年02月15日

「無知」と「学び」

「多くの人は学生たちの無知を知識の不足のことだと考えているが、実際に教える立場になると、
それが違うということはよくわかる。学生たちには、知識や情報が不足しているわけではない。
人間は放っておいても、驚くべき勢いで知識を身につけ、情報を取り込み、技術を習得する。
人間のうちには「学ぶ」ことへの根源的な衝動が間違いなく存在するのである。」


「無知とはそれを妨げる力のことである。「学び」を阻止し、抑制せんとする懸命な努力のことである」







プレジデント範士の基本指導の根本はここにあるのではないだろうか。




つまり、範士は何か目新しい「技術」とか「技」を伝えようとされているのではなく、
「学ぶ者の姿勢」というか、「学び」を追求する面白さを伝えようとしておられるのではないか。




普通に面、小手、胴を打つ。
範士の言われていることは、本当にシンプルです。
ですが、それが「極意」です。



何か目新しいものを伝えようとすることが「指導」ではないのだ。
学習者自身の「学ぶ力」を引き出すことを「指導」という。




指導者が学習者の「タガ」を外せるか。
学習者自身がその「タガ」を外すか。
どちらかである。





この過程を「学び」という。





この「タガ」とは何か。
まずはそこを考えることが大事なんでしょうね。






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2019年02月14日

機と見て

機を見て と 機と見て



『剣道形解説書』には「機を見て」の表現は七本目まで、小太刀からは「入り身になろうとするところ」
が打突の機会となっています。

太刀七本でも、四本目からは「機を見て」技を繰り出した後の攻防の展開を表現しているんですね。



なぜ突然剣道形のことを話題にするかというと、
九歩の間合いから、三歩でお互い間合いに接し・・・の部分の心持ちが、
今のmini98の1番の課題であるからです。


昨日の稽古で、
本当に失礼ながら、失礼だと自覚しながら、
ナル先輩に「先輩、合気になってないです」とお伝えしました。
(いや、そうならそこを打って相手に知らしめる力を持てということなのですが)


三歩で間合いに入り、「のっぴきならない」状況になってからの攻防が問題。
そこを打ち破っていくからこそ自分の稽古。



そこからの問題。


剣道の技を有効なものにしていくには、読みか反射なんです。
読みがきくのが半分です。予知です。予知することができるかどうか。
それから読みがきかない場合が半分です。
その時には条件反射を使う。これはみなさんも稽古で反射をちゃんとやっている。
反射運動を。これが技なんです。
(『石原忠美剣道範士講演録』)




読みは大事だけれども、予測しちゃいかんのです。



機を見てからいっては、実は不十分で、
機と見て行けるようにならんと。




だから、
OKD範士の「打ちたくなったら打つんや」は、ある意味極意なのです。





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2019年02月13日

洗礼

崇菱会稽古。


本校明日が入試ですので、生徒を早めに帰して、準備の後、
早めに職場を出ることができたのです。
意気揚々と稽古に出かけたのですが・・・


プレジデント範士がお休みらしく・・・
「mini98さん、今日は範士から連絡あったの?」
と、会長先生から。


いやいや、今日はたまたま早く来れたのです。




ああそう。では今日はよろしくね。




・・・いやいや(笑)





先日の指定審判員講習会での範士の閉会式での言葉をご紹介して、
「私が先生方の前で指導することなんて、とっても『失礼なこと』ということは十分理解しています。
ですが、範士からのご指名を受けた流れもあり、私自身のためにも必要なことと思って、ここに立っています。
『謙虚さを持った自信』を精一杯表現したいと思います」


まずは先生方にことわっておきました。



先週の範士の指導を受けてあらためて思いましたが、
ここにはみなさんプレジデント範士の指導を受けたいと思って集っておられるわけで・・・



今回は「洗礼」っぽいものは感じましたね。



ですが、初回での指導で範士も言われていたように、
指導者の問題もあるけれど、受け取る側の「フィーリング」ですから。

「先生はえらい」ではないけれど。
(この例えがわからない方はこちらをどうぞ)





「私が君の理想の師です」とあなたに近づいてくる人は、決まって理想の師ではない。(笑)


「教えてあげる」というスタンスで来られると、
「この人は限界なんだなあ」と思うんです。
(イチロー)



だからもう、どんなにあからさまに無視されようとも、mini98のこれまでの指導法をただ伝えるしかない。
あとは、どう感じていただけるか。教えてあげるなんておこがましいことは言いません。



でも、厳しさの中にも暖かさも感じた時間でありました。



さて、稽古も終わり、
本日稽古をいただいた先生方とお話をしていると、
マニアックM先生が面をつけてウロウロ。


・・・ハイハイ。わかっていますよ(笑)


切り返し仲間のミキティは(笑)
早々に剣道具を片付けておりましたのでっっ・・(SKY先生風)



切り返し・・・かと思ったら、
「今日は稽古しよう」と先生。


このところ、先生との稽古を続けていますが、
難しいのは「初心の継続」ということです。そこにつきます。
打ったとか、打たれたとかではなく、そのあとの自分の気持ちが大事。


本日は、後半になる程
気が散漫になり、打たれましたね。


後で聞くと、マニアックM先生は自身の姿勢の課題を確認するために、
早めに面をつけておられたのこと。




先生の動きに「先を取られた」ということでしょうか?(笑)





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2019年02月12日

真価はこれから

最近の嬉しいこと2つ。


崇菱会での稽古前の着替え中、ストーン先生から、
「mini98さんの職場のソフトテニス部の生徒たちは強いん?」と聞かれる。


ああ、最近結果がついてきているようですね。
今回は何年かぶりに中国大会とかに出場したみたいですよ。


「そうじゃろう。いやー生徒たちがいつもすごい気持ちのいい挨拶をしてくれるんよ。
それがすごいなと思ってね。ソフトテニスの強豪校と言われる学校もよく見るけど、
全然挨拶の『あ』の字もない(笑)わしらはソフトテニスの世界はわからんから、
強いとか、弱いとか、そんなん関係ないけど、わしは挨拶をしてくれるだけで、
mini98さんの学校を応援したいと思うよ!」





ありがとうございます!(笑)






もう一つ。
本校食堂で昼食をとっていると、一人の生徒がmini98に近づいてきました。
高3の生徒ですが、この子は(中学生の時から指導していましたが)高1の時に剣道部を退部した生徒。



「先生、私、昨日試合に出たんです!一回戦で負けちゃったけれど(笑)」



そうか、昨日の大会(多分県北のあの大会)は地味に見えて、結構ハイレベルな大会なので(笑)
負けたのはしょうがないけど、剣道続けとるんじゃね!



「はい!大学も決まったんで・・・剣道部もあるみたいなんで、どうしようかと思ってます」



mini98としては、どんな形でもいいから・・・続けて欲しいな。
大学決まったんなら稽古においでよ!



「いいんですか?」



もちろん!大歓迎よ!



やめる時には色々あった生徒でしたが・・・
でも、基本的にいい子なので、嬉しかったですね。




私の「指導」の真価はこれから。







いい意味で「うぬぼれて」います。







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2019年02月11日

三角矩の構え

先日の崇菱会での、mini98の指導について、
西郷どん先生から質問を受けました。


「mini98さん、この前の話で、『大きな三角形と小さな三角形』というのがよくわからなかった。
もう一度教えてもらえないか?」



いやいや、先生ごめんなさい。
なんだかわかりにくい表現で申し訳なかったです。


元ネタはこれ。


IMG_0732.JPG



大きな三角とは、横から見ると、
下丹田、剣先、上丹田を結ぶ線。



IMG_0733.JPG


小さな三角とは、正面から見て、
下丹田、左手、剣先を結ぶ線。


「下丹田、上丹田、そして剣先に魂を宿して、三角で攻める」
(馬場欽司教士)


もっと言えば、
その二つの三角形を意識しながら、
両肩と剣先を結ぶ三角形の範囲内で竹刀を操作することを意識する。



そんな説明をさせていただいたのですが・・・



「相手が面に来たなら、横に払ったりせず、まっすぐに振り上げて振り降ろすだけで相手の竹刀は落ち、
相手の面を打つことができる」とキン先生が書かれているのをそのままパクっただけなんです・・・(笑)



デカルトじゃあないけれど、
自分自身で考えたことなんて、実は何もない。
でも、それを常に考えている自分は確かにここにある。




我思う、故に我あり。




先生方、先輩方の通ってこられた道の中に我々は確かにいる。
そこを外さないで修行することが大事だと思います。




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2019年02月10日

県指定審判員講習会

県指定審判員講習会。

約130名の県内各地区剣道連盟から推薦を受けた審判員が講習を受けました。
今回、講習を受けた審判員から、今年度県内で行われる各種大会の審判に選出される仕組みとなっています。



ヤマンバ八段、Tヒロダイ師範、シロ先生の審判についての講話のあと、
実技講習。県警、刑務官の若手選手に試合をしてもらい、研修を行いました。


ヤマンバ先生を中心に研修は進んでいったのですが、
途中プレジデント範士から何度か「問題提起」がある。
例えば、



「今のは主審の判断も良く、いいタイミングで『ヤメ!』がかかったんですが、もしも今選手が場外に出たわけだけれども、
副審の一人が『今のは押し出しで、逆の選手が反則なのではないか』と思っていた場合の審判の所作の流れについて、どうするべきか
検証お願いします」


みたいな。



mini98も意見を述べさせていただいたり、
範士に質問したりと、有意義な講習会でありました。



その後は講師と講習生の稽古。
先日の稽古の反省があったので、パンチMZ先生にお願いしました。
先生が間合いに入って、竹刀の動きで誘いをかけられる動きを眺めたり、心が滞ったり、
mini98にとっては反省の多い稽古となりましたが・・・
「打とうと思わない」ということにこだわってしまったことが問題でした。



そのあと、hirotaiさんに声をかけ、
稽古をお願いしました。


hirotaiさんには、前回の教職員大会予選で完膚なきまでに叩きのめされ(笑)
確かその時以来の稽古でしたが、hirotaiさんと稽古した時の印象はいつも変わらず。





「チョー気持ちいい!」(笑)




hirotaiさん、ありがとうございました。




閉会式でのプレジデント範士のお話。
「審判に立つということについて。先生方、もしかしたら自分の先輩や恩師が試合をやられる際の審判に立つこともあるかもしれませんよね。
でもそれは実は本当に「失礼」なことなんですよ。その自覚を持ってくださいね。だから、それに見合う自分の実力を身につけないといけないというか・・・『謙虚さを持った自信』とでもいうか、そういうものは持っていてほしいと思うんです。そういう厳しさを持って、これからも研鑽を積んでいただきたいと思います。」




身が震えましたね。
審判に立つ。
このことの意味をあらためてこの歳になって思い知らされた気がしました。



自宅に帰ると届き物が。



ちょっと失敗したかなとも思うんですが(笑)
面紐・胴紐を購入しました。


IMG_0731.JPG



相手の目をチラチラさせて、
集中させないようにする「作戦」ではありません(笑)




センス無いなと自分でも思いますが、
もったいないのでこのまま使っちゃいます(笑)




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posted by mini98 at 18:13| Comment(2) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月09日

ボケますからよろしくお願いします

「おれは座敷に立ちながら、「どうです。先生、ご臨終ですか」と問うや、鉄舟少しく目を開いて、にっこりとして、
「さてさて、先生よくお出でくださった。ただいまが涅槃の境に進むところでござる」と、なんの苦もなく答えた。
 それでおれも言葉を返して、「よろしくご成仏あられよ」とて、その場を去った。
 少しく所用あってのち帰宅すると、家内の話に「山岡さんが死になさったとのご報知でござる」と言うので、「はあ、そうか」と別に驚くこともないから聞き流しておいた。
 その後、聞くところによると、おれが山岡に別れを告げて出ると死んだのだそうだ。そして鉄舟は死ぬ日よりはるか前に自分の死期を予期して、間違わなかったそうだ。
 なお、また臨終には、白扇を手にして、南無阿弥陀仏を称えつつ、妻子、親類、満場に笑顔を見せて、妙然として現世の最後を遂げられたそうだ。絶命してなお、正座をなし、びくとも動かなかったそうだ。

勝海舟は言う。
「鉄舟の武士道は、仏教すなわち禅理から得たのである。山岡も、滴水、洪川、独園などの諸師について禅理を研究し、かえって諸師以上の禅理を悟り得たものである。」

南天棒は「山岡の死」と題し、山岡鉄舟の臨終の様をこう描いている。『五十三であった。死にざまもさすが平生の修行じゃ。誠に立派であった。死する前に入浴して、白衣を着、袈裟を掛けて仏弟子たるを証した。端坐して、右左を顧みて一笑してそのまま死んだ。いわゆる坐脱じゃ。」



これは、山岡鉄舟の臨終の様子を勝海舟が伝えたもの。
mini98と同じぐらいの歳で亡くなっているんですね。 



自分の「死に際」のことを考えるのである。 


映画を見ました。


                                      




見ていて涙が止まらなかった。
映画の内容が、mini98の父がまだ存命中の頃の実家での父と母の姿そのものだったからだ。




鉄舟は幸せだ。




人は、もうそんな潔くは死ねない。
そういう時代なのである。



「なんで、こんなつまらんようになったんかね?」
「長生きなんかするもんじゃあないね」



母の決まり文句だ。
息子としては、元気な頃の母のイメージがあって、
「自分が壊れていく」母の葛藤は、頭では理解しているつもりでも、
腹は立つし、母に辛く当たったりして。



剣道家として、




死に際をどう考えるか。




それは打たれるとか、打たれないとか、
そんなことを超えた問題なのである。


そして、そこが究極の課題なのではないかと思うのである。





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posted by mini98 at 23:23| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする