2018年10月31日

イメージ力、分析力

崇菱会稽古



本日は「若手」がプレジデント範士に稽古をお願いできる日。


範士による基本指導。
面、小手あるいは小手面、裏からの引き面、引き小手。
特に引き技は、打つ機会、間合いを取るのが難しい。
mini98は、稽古でも使わない技だったので新鮮でした。


「はい、これで最後にしまーす」の範士の声。


この時点で、道場の中ほど後方にいたmini98、
若手(といっても60歳以下)が目の前にはウジャウジャ存在していましたが、
mini98の目の前に、不思議に一本のラインが見えた(笑)
その道をまっすぐダッシュ!よし!5番手ゲット!

・・・と思ったら、4番手とmini98の間に小手が差し込まれている。


ミッキーというより、「トムとジェリー」ばりのすばしっこさ(笑)
mini98は6番手。


さて、mini98の前5人の先生方と、プレジデント範士の稽古を拝見しながら・・・
「強さ」ってなんじゃいな?と考えていました。
でも、とにかく、必死に稽古をお願いしよう。
自分を信じてお願いしよう!・・・なんていうか、カッコつけずにやってみよう・・・



「小手を数本私に打たれたんだけど、その場面を映像としてイメージしてみたらいいと思う。そして、『あそこで小手を打たれたけれど、あの場面、小手に合わせて小手ー面と行けなかったか?』と考えてみる。それを一ヶ月先か、一年先になるかわからないけれど、次回の稽古でやってみる。うまくいかないことの方が多いが、私たちの頃は動画なんてなかったから、頭の中でそうやって映像化して、イメージして工夫した。形に見えるところだけじゃなく、打つ前に意識と身体をクッと前に出すイメージを持ってやってみるとか・・・そういう小さな工夫をやって行くことが大事じゃないのかな」



確かに、ありがたいことに今は膨大な量の有名な選手や、範士先生の稽古動画が流されているし、
自分の稽古を映像に残すことも容易にできる。
しかし、そのことで、それがなかった時代にはあった「目に見たものを頭の中で映像化する」力や、
それを分析して次の稽古に活かす「分析力」は逆に弱くなってしまっているのかもしれない。



範士と打ち合いになって、いつもならあっさり打たれて終わっているところで、
今日は少し「もがけた」かもしれない。
mini98の面に力がないのは、やはり「引き出されている」からでしょうね。


今の時代だからこそ、
電脳剣士だからこその「イメージ」「分析」がきっとできるはず!


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2018年10月30日

野蛮人のように

「文明人はじっとしていてもどんどん情報が入力されてくる。でも野蛮人はそうではありません。
情報入力はわずかしかない。けれども、そのわずかな入力に基づいて、世界の成り立ちかたと人間のあり方について
必要な情報を引き出さなければならない。その場合、人間は出力を軸に生きることになります」

「単に『指先に何かが触った』という場合と、『指先で何かを探っていたら何かが触った』という場合では、情報量が全然違う」






ヒロダイ稽古。

最後、プレジデント範士にご挨拶に行くと、何やらいつもとは違う範士の目の色(笑)


「あのねえ、誤解があるみたいだからちょっと言っておくと・・・」


キターーーーーー ───O(≧∇≦)O──── ーーーーーーー


はい!お願いします!


「・・・『理屈より行動』を極端に捉えとるようだけど、もう一つ極端なことを言えば・・・
『形よりも強さ』なんよ。攻め入った形になっていても、
形にこだわって機を逸している。mini98君の剣道観をもってしたら、崩れることはないんだから・・・
もっと『強さ』を求めて行くべきではないかな」


今日の稽古で一つ思ったのが、
いつもは「タッターン」のリズムの面にやられっぱなしだったドクターIさんに対して、
さあ、さあ!と先に間合いに入って打たない。来ると「兆し」を感じたところで捨てる!
・・・を心がけると、ドクターの「タッターン」を封じることができたのです。
もちろんmini98の息が続かず、後半はヘロヘロでしたが(笑)


さて、剣道を始めて以来、
トント『勝つこと』とは無縁と言って良い状態で50を超えたmini98ですが、
範士の言われる『強さ』について、追い求めていきたいと思います。



まずは「出力」
情報が「入力」されるのを待っていてはダメなのです。


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2018年10月29日

脳が見せる世界の危うさ

脳はこの危うい状態(放っておけば、たちまちバラバラになってしまうはずの肉体や精神を何とか持たせている身体の仕組み)を維持していくためにいろいろな工夫をする。

見えないものの様子を推測したり、
未来の出来事を予測したり、
あるいは相手の振る舞いで敵味方を瞬時に判断したり、

これらは皆、できるだけ安全に生きるための、脳の戦略である。
脳は、私たちに、実際よりも効率の良い世界を見せることで、
私たちの生存を守っているのだ。


しかし時には、
そういった作用が働きすぎて、不幸を呼ぶことがある。
自分の都合で人の心を勝手に推測して、
「あの人は、意地悪なことを考えているに違いない」と勘ぐったり、
「あの人は私を無視しようとしているから味方ではない。だから敵だ」と極端に考えたり、
現実のほんわかした曖昧な状況を無理やり尖らせることで、
思考がギスギスしてくるのだ。



このような脳の働きを消し去ることはできない。しかし、



「脳の見せる世界は、本当の姿とは違う」


ということを知っていると、思考の幅がぐっと広がる。
思い込みの縛りが解けることで、
ありもしない苦悩は消えていく。





長い引用になりましたが・・・

結局、
過去と他人は変わらない、
変えられるのは、未来と自分。

「思い込み」から自分を解き放つ。
そう考えると、いくらか気がはれる。


さて、


のっぴきならない状況に自分を追い込む・・・
そこまでは良いのだが、
「相手はこう考えているのではないか」
「ここを打とうとしているのではないか」
などと考えているうちに「機」を逸してしまう。


勝ち負けではない、というけれど、
自分が自分に負けている。


脳が自分に見せている世界から解き放たれること。


「理屈は後、まずは行動」とは、こういうことなんだろうなあ。



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2018年10月28日

審査講習会

高体連審査講習会。
mini98は三段受審者の担当講師。

まずは学科についての解説。
実はここでつまづく受審者多し、とにかく解説書の文章を自分なりに理解しておくこと。
丸暗記では対応できませんぞ。


続いて剣道形指導。
三段受審者だから、1本目から5本目までは大丈夫・・・でもなく(笑)
中段、右上段、左上段、八相の構え、脇構え・・・の確認。
そして、どこをめがけて打つのか、突くのか。

3本目の打太刀の突きはどこを突くんや?


「・・・このへんです」(胸のあたりを指して)


このへんじゃない!
解説書に「打太刀は仕太刀の『このへん』を突く」なんて書いてない(笑)
水月と書いてある。え?水月って何か?
それは自分で調べなさい(笑)


苦労したのは、3本目仕太刀の
「打太刀の刀身を物打ちの鎬で軽く入れ突きに萎やすと同時に打太刀のこのへん胸部へ突き返す」
と言う動きを伝えることと、
4本目(打太刀が諸手で仕太刀の右肺をついてきたとき)「仕太刀は左足を左前に、右足をその後ろに移すと同時に大きく巻き返して打太刀の正面を打つ」
7本目(打太刀が胸部をついてきたところを)「仕太刀は打太刀の進む程度に応じて、左足から体を引くと同時に、諸手を伸ばし、刃先を左斜め下に向け、物打ちの鎬で打太刀の刀を支える」

あとは何とか。
午前中一杯を使いましたが・・・もうちょっと時間が欲しかったが、
受審者の集中力が持たなかった(笑)


午後からは立会い。
初段男女、二段男女、三段。

ひと通りの立会いが終わって、
ちょっとmini98、全員に対して一言。

審査員の先生方は「審査員講習」を受けられて「審査の基準」を全員で確認してからみんなの審査を行われる。
その基準を知っているかい?

「初段:掛け声、中段の構え、竹刀の握り、足捌き、着装、姿勢態度、基本的な打突」

これだけよ。相手から何本取るかとか、そんなことはどこにも書いてない。審査員はそこは見ていないんだ。

「二段:初段の審査基準の上に
    仕掛け技、迫力、気力、間合い、打突の機会」

基本的な打突ができた上で、相手を上回る気迫で、どの機会で打つか。待ってちゃダメ。
(あ、それは俺か(笑))

「三段:初・二段の審査基準の上に
    先と後との打突の機会、攻めのある打突、間合いの使い方、有効打突、残心」


ここで初めて「有効打突」と書かれている。先と後、攻め、間合いといった剣道の深い部分が出てくる。
そして、残心とあるように、「技を決める」決めた後も気を緩めない。
各段の審査基準を知れば、自分がどういう立会いをすれば良いか、わかるのではないかな?


2回目は非常に良い立会いが目立つようになりました。
やればできる!


さて、指導稽古・・・と思っていたら、
受審者同士の50秒間(立会いの時間)の周り稽古だというので。
ならばmini98,受けて立とうじゃないの!
短い時間なので、とにかく先をかける。打ち終わってもすぐ次!
こっちもしんどいけれど、そうすると受審者もだんだん「かかり稽古」みたいになってくる(笑)
mini98にとっても良い稽古となりました。


審査本番は来週!
くよくよしない。捨てるべきものはスパッと捨てる。
前を見てズンズン進む!


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2018年10月27日

世界を変える剣

「ベルリンの地上には壁がありますが、空には壁がありません。日本の花火は、どこから見ても同じように見えます。西のお方も、東のお方も 楽しんで下さい。」(花火職人 佐藤勲)


それまでのヨーロッパの花火は、平面的で、下からバンバン打ち上げるだけのものだったらしいのです。
ベルリン市制750周年を記念して、ぜひ日本の伝統文化である「花火」を打ち上げてほしい。
そんな西ドイツ政府からの要請を受け、花火職人の第一人者であった佐藤さんがドイツに赴き、
現地の花火職人と対立しながらも、ドイツの空に日本の花火を7000発打ち上げたというお話。


その花火がこちら。






この後、東西ドイツの人々の中に、
「空には壁がない」という佐藤さんの言葉が深く刻まれ、
あの「ベルリンの壁崩壊」につながっていったという。



歴史的には、戦国時代に火薬を使って各武将が争い、
平和な徳川の世になって、花火の文化が花開く。鍵屋玉屋。
まさに「火薬の平和利用」であり、日本の伝統文化の一つと言える。


剣道も、日本文化と言うのならば、花火のような「世界を動かす力」がきっとあると思うのです。
「殺人剣」から「活人剣」へと変化を遂げた剣道。




「パーン」と爆発するような。




プレジデント範士が指導の際によく言われるフレーズなのですが、
自分と相手、どちらも楽しめるような「花火」のような打突でありたい。



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2018年10月26日

隻手の音声

「理屈より行動だよ」



いや、わかってます、わかってますケド。
一応10年以上稽古を「文字化」することをやってきた身としては、
ここ最近の稽古について書き留めておこうと思います。



何かと言うと、
「さあ来い!」を意識して、相手の兆しに「必ず何かをする」ことを心がけているわけですが、
ここ最近何本か「思わずの打ち」が出るようになったわけです。


何か、自分が自分でないような、
相手と一体になったような、
それでいて相手を制している状態。


それはまるで、「拍手」しているかのような。
右手と左手がお互いを探すわけでもなく、
右手が左手の出てくる機会を伺っているわけでもなく、
右手が左手を制してやるとも思っておらず。
自然にお互いが出会う。


私と相手は一体のもの。


その状態をどう創っていくか。
出端を狙わず、遅れず、「先」をとる。



学生時代に「隻手の音声」という言葉を知った。
理屈や分別に固執しているうちはダメ。言葉を超えたところに、体現できることがある。
白隠和尚の教え。



それはまさに、
相手と一体化したかのような感覚を言っているかのような気がしています。



この感覚を追求していくことが、
稽古ということなんだろうな。



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2018年10月25日

修行とは

崇菱会稽古。


今回の稽古のポイントは稽古の「隊形」ですね。
いつもなら、1対一1やる内容を、1対3で行って、交代の仕方も複雑(でもないんだけど、ちょっとみなさん戸惑う)
「他人の稽古を見る」機会を作ることも大事、と言う範士の今回の稽古の意図を聞いてなるほどと思う。



「言い方は悪いですけど、皆さんは『モルモット』なんですよ」



と、プレジデント範士がおっしゃっていた意味がよくわかりました(笑)
これが、今後範士が全国を飛び回って指導される際に活きてくるわけです。
失敗にも、ちゃんと意味がある。


切り返し
面打ち
小手面
小手胴
引き面
引き胴


の稽古。
特に、引き技の範士の示範がすごかった。

「私も、引き技は得意ではないけれども、どの技も『できる』レベルにはしておかないと」
と範士は言われていたけれど・・・いやいや。


これを目の前で見ることができただけでも、mini98は幸せでした。



さて、稽古。会長先生に一番掛かり。
気持ちとしては、打とうではなく、「いつでも来い!」の気持ちで「行くぞ!」
打たれることを後に引きずらず・・・


今回も「思わずの打ち」が一本だけ。
でも、何となく「こうかな?」という感覚。


来るかなくるかな・・・と思っていてからの打ちは打たれる。
相手より先に打つぞと思えば引っかかる。
あーもう、もどかしいったら。
どこかが、何かが自分の中で引っかかる。




「我」というものは、経験によって固まっている概念である。
(澤木興道師)



我と相手。


二元ではなく一元と「相手との関係」を捉える。



「われわれは男じゃ男じゃと思って凝り固まっておる。女は女と思って凝り固まっておる。あっちの凝り固まり、こっちの凝り固まり、どっちへ行ってもそれが間口一杯に出てくるこの凝り固まりをよく揉みほぐすのが修行というものだ。その凝り固まりを取ったら、命くらい何でもない。この柔軟心ということをよく工夫すると、何の幅に囚われることも、長さに囚われることもない。一切合切われわれの引っかかりで、本来は何も無いじゃないか。こんな小さな幅のものに囚われずに広大無辺、宇宙いっぱいでいけば良い。信心するとか悟りを開くとかいうことは、この『凝り固まり』が取れることである」
(『澤木興道 生きる力としてのZEN』櫛谷宗則)





相手と自分で作り上げる「作品」


そう捉えると、また違ったものが見えてくるのかもしれません。



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2018年10月24日

落ち込むヒマはない!

「稽古していても、全く『貯金』がないよね。
もう一度、最初から剣道をやり直す必要があるのではないか?」



今から3年前のプレジデント範士からのアドバイス。
その時のmini98のメモ。



「相手の出に遅れる。かといって打ち気になると引き出される。
打たれる時は全く無抵抗。
真っ白な状態から・・・は無理かもしれない。
しかし、もう一度やり直す。」



一番最近のプレジデント範士からのアドバイス。
「一言で言うなら・・・『理屈はあと、行動が先』相手と構えあって、五分四分、七分三分になってから打つとは言ったけど・・・
それはまず、「打つ」と言う行動があって、それから理屈がついてくるんよ。まず打ってみて、浅はかな自分が出るかもしれない。
でも、そこからの反省の積み重ねではないか?理屈は後からいくらでもついてくるんよ。まずは行動からではないのかな?」



その時のmini98のメモ。

「マニアックM先生と基本打ち。骨盤前傾、ヘソ下、ナナメ下の方向に向かって打ち込む」(図解入り(笑))



小学生から続けてきた剣道を、一からやり直せと、
50を過ぎて言われた日は、
正直言って落ち込みました(笑)



でも、それを言っていただいたからこそ、
今、mini98の稽古に対する「姿勢」を正せた気がしています。



何が正しいかなんて、
どうやったら正解かなんてわからない。


だけど、一つ言えることは、
プレジデント範士のアドバイスは『アドバイス』であると言うことです。
つまり、mini98のために言ってくださったことに間違いはない。



以前、プレジデント範士から褒めていただいたことがあって・・・
「mini98君に感心するのは、私が言った言葉を、その後ブログに載せるときに、ほぼその内容を記憶して伝えられているよね。それはすごいことだと思うよ」



・・・と言われたことがあります。



でも、今日わかったことがあって。
mini98は、プレジデント範士の言われることを対象が誰であろうと、






「全て自分に対して言われていること」と「変換」できる特殊能力(笑)があると気づきました。






自分のためにかけてくださった言葉を忘れるはずがないじゃないですか!
(最近は帰りの車の中で、言われた言葉をずっと復唱して忘れないようにしていますケド・・・)





落ち込んでいるヒマがあったら・・・
稽古をする!




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2018年10月22日

自分を自分する

「浅見の独り言」に、戸田忠男範士の言葉として、以下の言葉が紹介されていた。


「竹の棒で人をたたくことが上手になるのではなくて
幼いうちから相手に正対し
堂々と立ち会う気迫と、
決して途中で逃げ出さない勇気を養うべく稽古することにより、

たとえ相手がはるかに年配者といえども、
相手が間違っていると思ったら向かっていける心、
そして、自分が間違っていれば
たとえ相手が自分より弱い相手であっても自分の非を認められる勇気。
そういう気持ちを持てるのであって、
試合で勝った嬉しさなどは、誕生日のプレゼントぐらいの、
人生においてはごく小さいものになるでしょうね」
(『剣道日本』1999年4月号)



「剣道とは、刀を手にし方便に従い相手を前に置き、仮に勝敗を論じ、真の自己の、今の、ここの精一杯のはたらきを鍛錬し、人生を創造することである」
をもっと具体的にいうと、こうなるのでしょうね。



自分よりも年上だろうが、年下だろうが、
自分よりも強かろうが、弱かろうが、
相手の前に「精一杯の自分」で立ち切る。



稽古すればするほど、自分の弱さが見えてくる。
生きれば生きるほど、自分の至らなさがわかる。


だけど、だからこそ、
稽古するし、許される限り生き続けなければならない。
「構え」続けなければならない。



「負けの肯定」とは、
「負けてもいい」ではなくて、
「勝ち負けを超えて、相手に正対する」ということなのだ。




自分を自分するために。





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2018年10月21日

まだまだできる?

本日午前中は県内私学のスポーツ大会。


某校にて開催されました。
本校はソフトボールに参加。


もちろん、明日からの勤務を考えて、
怪我だけはしないように・・・


最近、打ち込みしたり、公園歩き回ったり、山登ったり、座りっぱなしだったり(笑)
(カラダ的にキツイ1週間でございました)


まあ、「親睦を深める」ための催しなので、
楽しみながら、心地よい汗をかきました。
うん、まだ、走れるな(笑)


あとは、若い者に任せ(笑)
少し早めに帰りました。



「すぐやる人は根拠なき自信を持ち、やれない人は自分を否定する。」






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2018年10月20日

非思量

地区新人戦。
やや筋肉痛気味の足を引きずりながら(笑)会場到着。
本日のmini98は大会会長代理として、ずっと「座行」でした。



開会式の挨拶では、
「剣道とは、瞬間瞬間の自己創造である」
湯野範士の言葉を選手の皆様に送り、
のっぴきならない場面で「負けない、引かない」
そんな試合をお願いします。


・・・と、お願いしました。
なぜ、そんな挨拶になったか。




実は・・・




それがmini98の現在の課題そのものだったりする(笑)



さて、試合。
どの試合も、「捨て切った打ち」が出て気持ちのいい試合の連続。

いわゆる「常連校」だけでなく、それに続く実力を持った高校の健闘が光った大会でした。
結果は、N高校のアベック優勝でしたケド。




「剣道とは、刀を手にし方便に従い相手を前に置き、仮に勝敗を論じ、真の自己の、今の、ここの精一杯のはたらきを鍛錬し、人生を創造することである」
(湯野正憲範士)



稽古をやればやるほど、自分の弱さが明らかになる。
でも今は、そのこととただ向き合う。
「・・・だからこうかもしれない、ああかもしれない」と先を考えない。




非思量




今、ここの精一杯。



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2018年10月19日

持参せよ

「『必要になる可能性のあるもの』は、それがどれほど低い確率であれ、『楽屋』には置いておくのが武道家のたしなみである」
(『武道的思考』内田樹)






学年研修、弥山登山。
下見で登った時は、この世の地獄かと思いましたが(笑)

不思議です。
えっ!もう「富士岩」?


「岩屋大師」ってこんなすぐだったっけ?


同じ距離、同じ標高の山を登る。
mini98、思ったのは「登った経験」があると、まず「全体の地図」ができる。
頭の中で「あの辺まできたら全体のこれくらい登ったことになるな」ってのがわかってくる。
それだけだと思います。
20本打ち込みを2〜3回やったくらいで急に体力がつくわけもなく(笑)
でもまあ、確かに最近足は使ってるな。


剣道も、そこに至るまでの過程は苦しい。
しかし、そこを超えて次のステージに行った時、そこまでの「地図」ができていく。
範士先生方とmini98との「世界観の違い」とはこういうことなのかなと。
そんなことを考えながら、生徒のケツを叩きながら(正確にはリュックです。セクハラしてません)(笑)登りました!


さて、山頂で景色を・・・・どころじゃない!(笑)
雨は降ってくるは、風は吹くは。
さらに他校の生徒さんが一杯で生徒の休憩場所の確保が!
これは下見してもわからないことなので、瞬間善処。


早めに下山。
幸いにも天候は回復しました。


さて、問題は下山。
下るばっかりだ〜、と生徒の気も緩む。だから登る時より怪我のリスクも高くなる。
ここは学年の先生方と連絡を取り合って、緊張感が途切れないように。


本校の中学教育の中心は(mini98の解釈では)「自然にふれるなかで、命の大切さを実感する」があると思っているのです。
だから、そういう行事がたくさん組まれている。
笑い話で、
今回、登る時に生徒がその苦しさのあまり愚痴を言うのです。
「先生たちが登山好きだから、こんな山に登らせるのか?」(笑)


違います(笑)
(できたら、mini98も登りたくはない)


だけど、言って見ればそれだけ生徒を「危険な目」に合わせるのだから、
教員の側は、注意を怠ってはならない。
弥山は、県民にとっては身近な山だけど、山は山なので。
「何が起きるかわからない」


何が言いたいかというと、
山頂で出会った他校さん。
はっきり言って、その印象は、
「自主性」を大事にされているか、なのかどうかは分からないけれど、


「勝手に登って、勝手に降りろ」


下りで本校生徒が休憩中、
他校生徒さんがザワザワ。

「どうしたの?」と聞くと、

「捻挫しちゃって・・・」

「男性の先生は?オブって降りてもらえるかな?」

「あ、先に行ってしまって・・・」

「そうか・・・じゃあまずはテーピングで固定しよう。後から先生は来られるかな?」

「ハイ、女性の先生が来ると思います。」

・・・ということで、本校生徒に使うはずだったテーピングが役に立ちました(笑)
以前、斎藤隆正さんの「テーピング講習」を受けた経験がこんなところで活きるとは。






テーピングをして、
「ちょっと歩いてごらん?」と言って歩かせると、

「あ、痛くありません」と言うので、
その後来られた他校先生にお任せしてmini98たちは下山しました。



しばらくすると、他校先生がmini98たちを追って来られ・・・


「先ほどはありがとうございました。あの・・・お名前をお聞きしてなかったので・・・ぜひ聞かせていただけたら」




・・・いえ・・・





「名乗るほどのモノではございません」・・・キマッた(笑)






ま、結局名前をお伝えしたんですが、
その後、無事行事を終了しました連絡を本校教頭にすると、



「mini98君、ご苦労さん。さっき某高の管理職からお礼の連絡があったよ」



早速ありがとうございます。
ですがね、ダンナ、ヤマをナメちゃいけませんぜ(笑)



とーっても勉強になった1日でした。
明日は地区新人戦です!
mini98にとっては、とってもハードな一週間(笑)


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2018年10月18日

頼れるのは結局自分

本日、わが学年は広島平和公園内にある数々の「碑」をめぐって、込められた「思い」を感じる学習。
事前に調べたことと合わせて、ガイドさんのお話を聞きながらグルグル。


結構な運動量(笑)


その後、改装中の資料館を見学。
ちょうど各県からの修学旅行、海外からの観光客と重なって、
平日にも関わらず結構な人が。


生徒は現地解散。
我々は、その後職場に帰り、本日のまとめと明日の「学年研修(弥山登山)」の直前準備に取り掛かりました。


弥山登山は3ルートありますが、
明日は最もキツイ「大元コース」での登山です。
宮島は、古くから「神の島」とされていたので、人の手が入っておらず。
「大元コース」は原生林のなか、巨石群を堪能できる「マニア」なコース(笑)
南方の植物と、北方の植物が共生するのは、宮島でしか見られないということでした。
そこを生徒たちに見せたい。



ただ、心配なのは「生徒の体力」(笑)
ルートは完璧。もう一人の担当教員は「やっぱり不安」と、
自主的に休日返上で、もう一回登りました(笑)もうね、やる気が違います。
行事って、こういうその場に居る教員の持っている「能力」の結集で作られていくんですよね。
いや、本校の場合はそうやってこれまでの先生方の力で作られてきました。
だから行事の継承は「教員としての力量」の継承でもある。


それとですね。
登山は孤独です。仲間とともに登っても、結局自分の力で登り切らないといけません。
へこたれそうになっても、もう戻れない、登るしかない。


「山はいいな。
変に取り繕ったり、
厚い壁を作ったりしなくても、
芯から強くなる気がする。」
(『ワンダーフォーゲル10月号』山と渓谷社)






「芯」をまずは感じさせますか!



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2018年10月17日

一筋の光

崇菱会稽古。

本日はプレジデント範士は参加されなかったのですが、
布袋様によるご指導がありました。
先生のご指導の「楽しみ?」(笑)は、布袋様がかつて受けられた、昔の範士先生の様々なお話です。


「あのですね、中西康先生が、かつてこうおっしゃっていましたよ・・・剣道は、面だよと・・・では、面を3本打ってください」



「みなさんいい面が打ててますね。昔、えっと・・・うーん、最近人の名前が(笑)その先生は、小手先ではなくてパーンと身体で打ちを出されるんですよ。それがね、もう見ていて気持ちがいい。そんな面を目指しましょう。・・・・ではもう一回面を行きましょう」



「・・・楢崎範士と中西先生は国士舘で同期だったのですが、楢崎先生といえば『楢崎の面』と言われるくらい、面が有名だったのですよ。ではもう一回面行きましょう」



結局、面を何本打っただろうか(笑)



けれどですね、mini98はこの面の打ち込みで、
相手とのやりとりとか、いつもより遠い間合いを意識するとか・・・
すごく有意義な稽古となりました。
布袋様、ありがとうございます。



さて、会長先生に一番がかり!


mini98がいつも「ここだ!」と思うよりも・・・わずか早く。
自分の動きで相手の出を引き出す。


一本だけ「思わずの打ち」が出ました。
感覚としては、先日のイシ先生との立会いでの面に近かったですかね。



その後の稽古でも「引くに引けない場面を自ら作りに行って、そこで必ず何かする」ことに徹する。
けれど、そうそううまく行くはずも無く(笑)



しかし、
一筋の光が見えている。
その方向に向いて稽古を続けるしかない。
その光は、自分がかつて歩んだ道を照らしていてくれる(はず)
その光が照らす足元と、自分が歩んできた道を確認しながら、
光が見える方向に向かって、真っ暗な道を歩む。



ただ、ただ、そこをやり抜く。



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posted by mini98 at 23:26| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月16日

継承するもの

mini98が確か小学6年生の頃。
児童会かなんかの会で、発言した時(記憶が曖昧ですが、児童会長をバカにしたような発言)
当時の担任が烈火のごとく怒って、mini98に馬乗りになって殴られたことがあります。




「お前は何をゆうとるんか!」(この言葉だけは覚えてます)




こういう記憶は残っているし、
今思えば、自分の「判断基準のものさし」になっているような気がします。
(今だったら絶対に問題になってますけどね)



さて、今週は各学年「行事週間」
わが学年でも午後の授業を変更して、今週の行事の説明の時間を取りました。
担当の教員が説明・・・を聞いている生徒の態度が「最悪」
担当教員も注意をしていたので・・・mini98、さすがに黙っていましたが、



中でも、教員の説明も聞かずにおしゃべりし、
説明が終わった後、ちゃんと聞いていた生徒の資料を「ちょっと貸して」と取り上げて、
書き込んでいる生徒が目に入り・・・ああ、もう我慢できん(笑)



ツカツカ

「立て!立ちなさいっ!」
「廊下に出ろ!」



「お前は何をゆうとるんかっ!」



生徒をさんざん説教した後(笑)
蘇ってきたのは小学生の時に叱られた思い出。
mini98の教員としての行動原理は、
実はmini98にこれまで関わってくださった先生の影響だと。




最後、涙を流して「先生、ごめんなさい」の言葉を引き出すまでその生徒を問い詰めましたが。



さて、だから、
教員としてのmini98はこれまで自分に関わってくださった方々の全ててあります。
過去、関わってくださった方々に、そして現在関わってくださっている方々に、
失礼のない自分であるか。



これは剣道についても言えることで。
感謝しつつも、次へ継承するためには、自分自身を高めて行く必要がある。
そうでなければ剣道は尻すぼみになってしまう。



今日のヒロダイ稽古でも、マニアックM先生と例の打ち込みやりましたケド。
イワゴンの言う通り、稽古は修行なのよ。自分を高めるためにやる。
ちったあ、ましな打ち込みになりましたかね?(笑)



稽古は。。。
詰まった場面を自分で作って、そこで「必ず何かする」ことだけを心がけました。
まだまだ、まだまだです。



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posted by mini98 at 23:35| Comment(2) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月15日

見ている世界の違い

「アリの見る世界と鳥の見る世界は違う。歴史がわかると視界が広がり、見晴らしが良くなる。するとこれから起こることも察知できる。それこそが真の教養なのです。」(『大人のための教養入門』)






見ているものは同じなのに、
見ている世界は全く違うものになっている。


例えば剣道において、
先生方との差は技術的なところももちろんあるんですが、
「世界観の違い」という部分も大きいのではないか。



そう思っているわけです、はい。


これは仕事においてもそうで、
同じ生徒の言動や行動を見ても、教員によって全く捉え方が違うことはよくあることです。



「歴史は、成功と失敗の膨大なデータベース。多くの先人の経験が連なって今がある。そうした人々の生き方の中に、様々な気づきやヒントがあるはずです。」(『同掲書』)



様々な年代の、考え方の方と稽古する機会を持つ。
しかも、「見ている世界観の違い」を意識しながら。
そこから得られるものはとても大きいと考えます。



同じ年代同士で稽古するほうが、
稽古としては面白い。
負けないぞ!と、力も入る。



それも剣道の楽しみ方ではあるが、
「違う世界観」に触れる機会を持つことも
大事なことであると思います。



「師」を持つことの大切さ。



求める気持ちがなければ、変われるものも変わらない。



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posted by mini98 at 23:44| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月13日

まだ、子どもが食べてるでしょうが!

我が校、本日高校オープンスクールでありました。


毎年、7月と10月に行われるものですが、
今年は西日本豪雨のため、7月は中止。今回、そこで出来なかった体験をしていただこう。
朝、校長より「先生方!最大限のおもてなしの心でお願いします!」とのお話があり。


午前中、在校生が本当に頑張ってくれて、
本校の良さを最大限伝えてくれたと思います。
本日来校してくれた中学生達と、来年4月、共に学ぶ仲間となれることを願っています。


さて、mini98は、午前中来校者の誘導、
午後は「クラブ体験」の誘導の担当。同じ「道」つながりで「書道」の授業に案内しました。


「書道」はやっぱり「道」であります。
真っ白な紙の、どこに最初の筆入れを行うのか、一文字めとのバランスを考えて、次の文字はどうするべきか。
等々、まさに「瞬間善処」の連続なのです。大学剣道部では、近くの寺院の宿坊に出向いて「書禅」の稽古もしていました。


とーっても和やかにいい雰囲気で授業も終わり、
mini98が最後のお見送りをするための誘導・・・


中学生、その保護者を誘導している最中、
オープンスクールの片付けに入っている若手教員に出会う。
廊下には、それまで表示されていた案内板が取り付けられていたであろう椅子が散乱。



おーいっ
ちょっと待ったーっ(笑)



確かに、授業体験の行われていない部分の片付けから行っていくほうが、
時間の節約?効率的?なんでしょうけれど。








こんな気持ちになってしまったのは私だけ?
(そこは来校者に見せちゃいけない姿でしょ)



最後の来校者まで、しっかりお見送りして、
それから片付けに入りましょう。



あーもう、イライラする(笑)




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posted by mini98 at 21:31| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月12日

剣道は「先」である

「人間のいるところ必ず闘争があるというのでは世界文明の完成はない。
剣道は、世界文明完成の道である。畜生剣道であってはならぬ」


「剣道は姿勢なり

先は攻めの証として踵なり
吸気道環して踵を愉気して
丹田に到る、丹田

到、不到、不道、不道
証するに主なし

客来たれば即ち帰るが如し
葉落ちて根に帰す
根によって葉生ず
葉落ちて根に帰す
兀々地春夏秋冬
主何者ぞ立ち稽古」



湯野範士の言葉はどれも難しい。
けれども、どの言葉も「受け身」ではない。
どの言葉も「厳しい」
そして「優しい」


「相手の「隙」を探すのではなくて、
打ち込める時機(隙)に自ずから打ち込む。」


「剣道では「先」だけであると私は決定する。」







プレジデント範士には申し訳ないですケド。
「いさぎよい負け」とはこういうことをいうのかなと。
繰り出されている打ちは、すべてプレジデント範士が「先」を取られていると思うんですよね。



負けるにしても負け方
勝つにしても勝ち方がある。



剣道とは。




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posted by mini98 at 23:56| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月11日

気の持続



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posted by mini98 at 22:52| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

身体と意識

ギリギリを
必ず
ゆけるか
できるか



スパイス先生からアドバイスいただきました。



まずは「先」をかける。
さあ、どうしますか?と相手に問いかける。
そこからは、必ず相手に対して「何かする」引き下がらない。
相手を認めて、必ず対処する。



ここは、
普段の生活でも「課題」かもしれません。
「否定」や「先送り」は簡単だけど、
何があってもしっかりと受け止めて必ず相手に「応える」ことはできていない。



そこを考えることも大事。
だけど、剣道は哲学ではない。
同時に、考えなくてはならないこともある。



昨日のカッシー先生との稽古。
カッシー先生の面は、ちょっと特徴があると思っていて、
一足一刀の間合いよりは遠い間合いで構えあっている時に「何かしらの動き」があるのです。
その刹那、間合いに入っての面、思わず見てしまう。(という印象)
つまりは、mini98の不十分なところを打たれているのです。


なぜ打たれるのか。


まずは「立ち場」を逆にしなければいけない。
mini98から相手に「さあ、どうする?」と問いかける形にしなければ。(先をかける)



「迷っている時の『腹』は、鳩尾が硬くなり逆に下腹部の力が抜けている。また、「迷いはなくなった」とか「こうすることに決めた」本人が言っている場合でも、下腹部の力が抜けていれば、「判断」はできていても「決断」には至っていないと見ることができる」
(『整体 楽になる技術』片山洋次郎)






「グッと腹に溜める」ことの効用は、ここにもあるのかもしれません。


身体と意識はつながっているのです。


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posted by mini98 at 20:49| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする