2018年08月30日

フナッシー現る!

先々週だったか。大阪から5名の八段の先生方がお越しになることに対して、
プレジデント範士の一言。

「大阪の先生方は、それぞれの仕事を終えられて、わざわざ『求めて』この地に来ようとされているわけで、
そこを考えた時に(会の開催時間を)この時間にせざるを得なかったと言うことです」


mini98には、この言葉が、
内藤範士が武専に招かれた際の電文「ミチノタメキタレ」が届いたかのように思われ(笑)


数日前から、それまでにできる仕事はできるだけ済ませ、
それでも職場を出る直前に舞い込んだ仕事はすり抜けて(笑、ちゃんとやりましたよ)


昨日の崇菱会に参加しました。
準備体操ー八段同士の稽古(プレジデント範士VS大阪八段、フナッシー八段VS我が県八段)ー自由稽古、の順番・・・

ですが、八段審査受審者も参加して良いと言うことでしたので、図々しくも八段の先生方に混じって稽古の列に。
こういう「図々しさ」は意図的に取るようにしています。まだ慣れませんけど。


フナッシー八段の列に並んでいる間、隣のプレジデント範士が、大阪八段の先生方と稽古されている姿を見て・・・
最近、「ギアを上げる」という表現が聞かれるようになりましたが、まさに範士の稽古はギアが普段の倍以上は上げられていたように感じました。

「つ、強え〜〜〜〜〜」

もちろん、打ったり打たれたりはあるんですが、
八段同士でも「格の違い」ってあるんやな・・・これを拝見することが出来ただけでもきた甲斐があるってもんです。


さて、フナッシー八段との稽古。
間合いがどんどん近くなる。
「神業」が出る状況に自分を追い込む・・・いやいや我慢できませんって(笑)
フナッシー先生よりも手数を多くかかる稽古を目指していましたが、
本当はそこを打ち抜かなければいけない所で、いらぬ我慢をしてしまうことが多かったです。
あるいは逆に引き出されてしまう・・・


「打突の機会は、打突が届く間合いに入り、相手が嫌だと感じた瞬間(間)に生まれます。難しいですが、ここを勉強することが大切ではないでしょうか?」(『剣道時代』藤原崇郎の剣道授業)


確かに「嫌」でしたね(笑)
でも、この間合いを構わず打ち抜いていける「図々しさ」と、
そこに持っていける「繊細さ」がいるのだと感じました。


理解はできたが、実践が(笑)


その後はS屋八段にお願いしました。
賑やかでしたが(笑)キレのある技を感じました。
プレジデント範士も後の懇親会で言われていましたが、大阪の先生方はみなさん「技のキレ」がすごい。
それと、懇親会の話術の「キレ」も抜群です(笑)


懇親会でmini98の近くに座られていたS屋八段が「打ちの極意」について言われていたこと。
「ねえ、センセ、そうですよね!」とフナッシーに確認され、フナ先生大きくうなずかれる。


あのね、「ハッタリ、カマシ、つくり」なんですよ。


初めて聞くと???なのですが、「サルでもわかる解説」をしていただき、理解しました。
現在八段の先生方でさえ、審査の時は乗り越えてきたはずの課題を追い求め続けられている。
審査に合格したから、道は終わりではない。

求め続けることの大事さ・・・

それが今目の前にあるな。
そう感じた時間でした。


懇親会の後は、デンタル先生と会長先生を車でお送りしましたが・・・
車内ではまたお宝お話が(笑)



自宅に着いたのは日付の変わる直前でしたので、
家族には迷惑をかけましたが・・・


充実した一日でありました!



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posted by mini98 at 21:34| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月28日

ちょっと待って、その前に。

「八段を受ける人は、みな美しい姿で立つ。美しいのはみな美しいです。そうするとみんな通るはずでしょう。
ところが美しいだけではダメなんです。花のいいのは香りがありましょう。それが品位です。そうすると、有効打突のええ技が出ると同時に品があるか、においのいい匂いがあるか、そういうところで審査員が見て感動するんです。だから、感動させなんだら通らんということになる。そうしたら、人間業では八段は通らんということです。神業がでなきゃいかん。」
(『活人剣・殺人剣と人間形成』石原忠美範士)



プレジデント範士から
「八段合格者の動画を見て、合格のポイントとなったと思われる部分を自由に述べよ」
という課題をいただいて、マニアックM先生がハブとなって、有志の皆さんで意見を出し合ったことがあります。


その時、皆さんの意見とともに、
範士の「リアル審査解説」(動画を見ての範士なりの審査ポイント)をお聞きしました。


詳細は控えますが、
「相手のことをお構いなしに打った打突」はいくら打とうが評価されないということ。
しかしながら、合気になったところからの打ちについては、相手構わず打ち抜ける強さが求められていること。
構えや姿勢は大事ではあるが、ここもやはり、相手との関係性の中でどうかということが評価されているということ。
打った後の「残心」の部分が(mini98が思ったよりも)評価されているということ。


などなど。


石原範士の言われる、
「花としての美しさ」だけではなく「匂い」の部分が評価されるというのは、
わかりにくいけれども、そうとしか表現できない部分であります。
プレジデント範士の言葉は、石原範士よりもより具体的ではありますが・・・



「神業」は出そうと思って出せるものではない。


だけれども、出るかもしれない状況にまで自分を追い込んでいくことはできる。
絶対有利の状況はもちろんだけれども、絶対不利な状況から、どう立て直せるか。
そこがこれからの稽古に求められているのだと思う。



その前に。



この「メタボ腹」をなんとかせんと(笑)



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posted by mini98 at 23:27| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月27日

剣道「予定説」

1517年、ルターという人が、当時のキリスト教・教皇に異議を申し立てた。


「贖宥状などといったものは、聖書のどこにも書かれてはいない。神の救いは、金によってもたらされるものではない。
それは信仰によってのみもたらされる」


世に言う「宗教改革」と言うやつですね。


さらにさらに。
カルヴァンという人は、「教皇もルターも言っていることは同じである。そうではなくて神の救いは予め決まっているのだ」と言いました。


カルヴァンは教皇とルターの何が同じと言っているのか。


「教皇は金を払えば(贖宥状を購入すれば)救いがもたらされると言っている。ルターも祈りを神に捧げれば救われると言っている。しかし、神がちっぽけな人間の行為によって、そのご意志を変えられるのか?そんなことはあるはずはない。神の救いは人間の行為によって変わることはない。あらかじめ決められているのだ」


これを「予定説」と言います。



何が言いたいのか(笑)
何か自分の行為によって相手を変えようとしてもそこに意味はない。
「意味がない」というか、それで相手が変わらないからといって、腹をたてるのは間違いである。
この「心の引っ掛かり」というか・・・囚われ、偏りというか。
そこから離れる。



心と力の限りを尽くした後は、もう天に任せるしかない。



「人事を尽くして天命を待つ」の心境。



究極の「攻め」とはこんな感じなのではないか。

先日の大会での各試合を見ていても、
素晴らしい一本というのは、打とうとして打てるものではない。
もう、そこしかないという機会で、それこそ、そこに竹刀が導かれるようである。


自分の恐れ、迷い、不安をなくして、
できることを緩めずひたすらに。


そこに「機会」はもたらされる。



有効打突は「あらかじめ予定されているのだ」(笑)



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posted by mini98 at 23:52| Comment(2) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月26日

ああ、栄冠は君に輝く。

中国ブロック大会終了しました。

少年男子
優勝   岡山県
準優勝  山口県
3位    鳥取県


少年女子
優勝   島根県
準優勝  岡山県
3位   山口県


成年女子
優勝   広島県
準優勝  山口県
3位   島根県



mini98は少年女子の審判を担当しました。


反省点は「鍔迫り合い反則」の見極めです。
「違和感」を感じたらまずは「合議」をかける。
鍔迫り合いの見極めは主審の先決事項。
だからこそ、勇気を持って問わなければいけなかったなと反省しています。
まさに「審判が試合を作ってしまった」形になったなあと。
勇気を持っていれば、もっと積極的な試合を引き出せたのになと思っています。

これはもう、それこそ「瞬間善処」
なんどやっても、いつやっても「反省ばかり」です。



さて、我が県(特に少年女子)の今回の試合を一言で表現するなら。




L3166370001852051.jpg



これに尽きます。
ただ、監督が最後応援しに来てくれた生徒たちに言っていたのは、
「彼女たちの悔しさを、必ず受け継いで欲しい。絶対に次につなげて欲しい!」ということでした。
今年のメンバーは全員高3でしたので・・・。



その言葉を聞いている各校1・2年生のメンバーの「目」を見ていて・・・
頭の中に流れて来たのは、最近のmini98のお気に入り(笑)
内容は剣道ではないけれど、高校生たちの躍動する姿が目の前に浮かぶ歌です。
動画サイトを見ると色々なバージョンがあるんですが、mini98のお気に入りはこれ。







雲は湧(わ)き 光あふれて
天高く 純白の球 今日ぞ飛ぶ
若人よ いざ
まなじりは 歓呼に答え
いさぎよし 微笑(ほほえ)む希望
ああ 栄冠は 君に輝く



何が「栄冠」かなんて野暮なことは言わない。
彼、彼女たちの目を見て、勇気をもらいました。
頑張らないといけん!



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posted by mini98 at 19:02| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月25日

瞬間善処

フェイスブックでもお知らせした通りですが、
「国体ブロック大会」のために防府ナウです。



瞬間善処


それを人生訓とされていた先生の地元で大会が開催されることに
何か「意味あるかも」と勝手に考えています。
まあ、毎回の大会の価値は変わらないのですけれど。


大会前日の各県代表選手たちの稽古を拝見し、
審判監督会議を終えて、あとは明日の開催を待つばかりです!


剣道は瞬間瞬間の自己創造


選手も審判も役員も、考えていることは同じ、
同じであるかどうかが、その県の「強さ」だと思います。


あ、


ちなみに
役員控え室にカンロあめはありませんでした(笑)
そんな疑惑が剣道界に…みたいな疑惑が吹っ飛ぶような「審判」します!(笑)


瞬間善処です!



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posted by mini98 at 22:54| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月24日

気配を感じる

「たとえば「ハンカチ落とし」という遊びがあります。内側を向いて円陣を組み、「鬼」がその後ろを周回し、誰かの後ろにハンカチを落とします。それに気づかずに一周して肩を叩かれたらその人が次の「鬼」というゲームです。
 この遊びはどんな知覚を開発するためのゲームなのでしょうか。
 ハンカチは背後で落とされますから、もちろん目には見えないし、音もしません。ハンカチが空中を落下する時の空気の震動は「鬼」の騒がしい足音に比べればほとんど知覚不能でしょう。それでも勘の良い子は、ハンカチが地面に落ちる前に、自分の後ろに「鬼」がハンカチを落としたことを察知します。一体この子は何を感知したのでしょう。



それは「鬼」の心に浮かんだ「邪念」です。」(『疲れすぎて眠れぬ夜のために』内田樹)



人は緊張すると、心拍数が上がり、発汗し、呼吸が浅くなる。
この原理を応用したのが嘘発見器なのだそうです。
この微弱な変化を敏感に感知する力が「邪念を感知する」ということなのだとしたら・・・


この、非常にわかりにくくて、説明しにくーい部分を、
後世に伝えようと「言語化」する試みがされてきたと思います。



武蔵、沢庵、宗矩・・・



もちろん、それを読んで「わかった!」とはならないし、
先人も、どう表現すれば良いのか、もどかしかったのではないか。
あるいは、あえて「研究せよ」という意味でわかりにくくしたのか?



剣道を続ける=先人からのバトンを受け取った。



こう解釈した時に、
自分の剣道に対する姿勢が問われているし、
何をどう取り組んでいいのかの「道筋」が見えてくるのではないか。



イワゴン先生の言葉。



>言語化・・・限界があるだろうね。本当の課題は限界の先なんだけど。言語化にばっかり気をとられると、限界の先には届くどころか、気づきもしない。ケケケケケ。



確かに!



起きた事象に反応するのではなく、起きる前の「気配」に反応する。
先日の崇菱会のプレジデント範士の指導も、そのヒントを示されたものかな・・・


相手より早く、強く・・・という感覚ではなくて、
PCのOSのバージョンをアップさせるみたいな感覚か?


それこそ、物事をどう捉えるかの「感覚」のレベルをあげる。
「感性のレベル」をあげる必要がある。ということですかね。ケケケケ。



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posted by mini98 at 23:48| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月23日

疫病神なう

台風が近づいています。
午前中、高3受験生の補習を行い、午後は先日研修の報告書作成等々
事務仕事を終えて、夫婦で広島県民の「聖地」(笑)へやって来ました!

image.png
(今日はキリンちゃんがいっぱいいます(笑))


ただね・・・
mini98夫婦がズムスタに来ると、なかなかカープは勝てないんですよね・・・
(前回は、例の2回に10点取られたっていう、ほら、あの試合ですよ(笑))
今日も何?オカダ2回までで6点!
まさに「暗雲立ち込める」の状況だし、実際空はどんどん雨雲が・・・



IMG_0472.JPG



6点差はなかなか返せんよね、
「逆転のカープ」って言うけどね・・・まさかね。
今日は台風も来てるし、交通機関が止まると困るから早めに帰ろう!
5回表、ヤクルトの攻撃始まって、妻と共にズムスタを後にしました。


そこからなんと、8回以外の毎回得点、
9回裏にマルちゃんの同点Hの後、神ってるセイヤのサヨナラHで勝っちゃった(笑)
(これは自宅に帰ってTVで見ました!)



広島のカープファンのマニアの皆さん!



私たち夫婦を「厄病神」と呼んでいただいて結構です(笑)



でもね、ある意味毎回劇的な試合に遭遇している感はあります。
(疫病)「神ってる」と言えるかもしれません!



「直心是道場」はブログランキングで一応「スポーツ(全般)」カテゴリーにエントリーしていますので、
これもまあ「スポーツネタ」ということで勘弁してください。


剣道的には、マニアックM先生から「足幅は肩幅」の話をお聞きして、
mini98なりの(オリジナルのN先生ほど高身長でないので・・・)アレンジが出来たらなと考えています。
でも、構えて見た感じはなかなかいい感じです!それから、視線についても試みてみようと思っています。


minekitiさんから審査の案内を送付していただきました。
さらにココロ引き締めて「今・ここ」を繰り返していきたいと思っています。







(でも、やっぱり・・・厄病神なう(笑)だよね〜)




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posted by mini98 at 22:44| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月22日

さて、問題です。

イワゴン先生からコメントいただいていますね。


直心『不謹慎ですが』の記事


お返事はします。
イワゴン先生また後ほど。


さて、崇菱会稽古。
まずは基本稽古。
先日の教員免許更新講習じゃあないけれど、プレジデント範士の指導というのは、
まず、明確に目指す「講習生の到達イメージ」があるので、そこに至るまでの指導をどうしていくかの工夫が大変具体的です。
授業って、こうやって創っていくんだよなあと感じながら指導を受けていました。

特に、mini98が範士の示範のお手伝いをした、
「懸かり手は面を打つのが前提。相手と対峙し、相気になってギリギリの間合いで面を打つ(そぶりをする)基立ちはそれに対して必ず応じる。
(返し胴、出端面、出小手・・・なんでもいい)懸かり手が打とうとしたのを感じて動く。『ピクッ』この動きを誘い出すのが一本目の目的。
二本目。同じように攻めて、面を懸かり手は打つ。懸り手は打とうと思った技を確実に決める。(範士が言われた、『予想してください』は、基立ちはきれいに決めさせてあげるという意味かな?(mini98談))」という指導は特に思いました。

「学習者が何をどうできるようになったか」
「学習者が変化した=学んだということ」


「主体的・対話的で深い学び」って、実は目新しい事ではなくて・・・


ここに、希望があるのです。


さて、その後は今週末の七段審査受審者の模擬審査。
7人の侍たちが立合われました。
プレジデント範士の講評は大変厳しいものでしたが・・・


さて、七段受審者の方々に問題です。


「私はこの技を磨いてきました、これで行きますよ!という自信に満ちた技でストーンと出るといいんですがね・・・」
という、今回の崇菱会の七段受審者に言われたアドバイスは、
範士がmini98に言われた「私はこの面で行きますよ。という面を相手におかまいなくただストーンと打っているようにしか見えない」
という言葉と矛盾するか?



答えは、


矛盾しない、だと思います。




ここが、大事な部分かなと思いました。
その後の稽古。マニアックM先生にボコボコにされました(笑)


「まあ、ずっと研修でカンズメだった人と、稽古三昧だった人の差よね(笑)」


おっしゃる通りでございます・・・
稽古大事だなああああああ・・・・・痛感しました(笑)



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posted by mini98 at 23:54| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月21日

専門家と言えるか?

教員免許更新講習終了しました。
30時間の講習。非常に有意義でしたね。


先日の20代前半君がのたまった「教育論」の根拠はここにあったか。
ただそれは、教員が「どう教えたいか」よりも、生徒が「何をどうできるようになったか」が出発点ですよと言う話であって、
教員がこういう生徒であってほしいという「めざす生徒像」のイメージを具体的にもち、現状をキチンと把握する事無しに
ただ生徒のやりたいようにやらせるということではない。ということもはっきりできた。


そして、教員のやるべき事とやらなくてもいい事を整理して、
専門的な知識・技術を持った教員外のスタッフにまかせられるべきものはまかせて、
「チーム学校」として生徒の教育にあたるということ。
これも大事な話。


ただ、講師の先生も言っておられたが、
「専門家に任せるということは、先生方も『専門家』として、それらの人に意見をキチンと言う事が求められていると言う事です。
では先生たちは何の『専門家』といえますか?」ということに、今の私たちは明確な答えを持っているだろうか。
(これは考えさせられました)


教科指導ですか?
受験指導ですか?

ホンマでっか?(笑)


人間である生徒を前にして、「いま・ここ」の状況に立ち向かっていく。
まさに「武道的」なものを示せるかどうか。
何かに秀でるというよりも、有り合わせの臨機応変さが、教員としての大事な「力量」とmini98は考えます。

もちろん、教育を取り巻く状況は複雑化・多様化してきていることは間違いない。
いじめ・不登校・発達障害・外国籍生徒の問題等々。
それぞれの分野で「専門家」といわれる方々のご意見を伺う事はすごく大切な事だけれども、
その方々に、生徒の指導を「丸投げする」事ではないはずだ。


ミキティーと休憩時間に深い話をちょっとしました(笑)
深すぎてそこからはい上がれなくなるのではないかとちょっと怖くなりましたが。
同じ年代の者として、どこか思っている事が通じている気もしてうれしくもありました。


思えば。


mini98が教員になりたての頃、
「おじいちゃん先生」と感じていた先生たちの年齢を越えてしまった。
そのころの「おじいちゃん」がmini98のことをこんな風に見ていたのかということも、
いまさらながら理解できたような気がしています。そりゃー小言も言いたくなるわな。



今のmini98を見て、
かつての「おじいちゃん」たちはどう思うのか・・・

「専門家」と胸を張って言えるか?
そこが問われている。


そう感じた研修でありました。




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posted by mini98 at 23:05| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月20日

不謹慎ですが・・・

あの土砂災害から、今日でまる4年がたちました。
こちらでは、テレビでも盛んに特集が組まれています。

4年前に被害にあった地域では、先月の豪雨の時には、地域によっては行政の避難勧告よりも、
自治会の避難呼びかけのほうが早かったりして、迅速な対応がとられたようです。
今年は立て続けに台風が近づいていますので、全国のマニアの皆さんも油断なき様に・・・


さてmini98、今日から残りの「教員免許更新講習」のため、某系列大学(笑)にカンズメです。
前回の講習ではクロスロード先生と会場でご一緒しましたが・・・(mini98とは20歳下かな?)
今回は同級生ミキティーと一緒でした。二日間、12時間の講習です。

まあ、内容については教員以外は興味ないと思うので(笑)
ちょっと不謹慎ですが、講習中mini98が考えたことがあります・・・


「脳科学」の講義で、アイトラッキングシステムについて説明がありました。
その人がどこをみているか、ということからその人が何をどう判断しているかを知ることが出来る。
これは、ファストフード店のリサーチなどで応用されている技術だそうで、
ハンバーガーを注文しようとする人が、メニューのどこを見て、どう悩んで何を結果的に注文するかを、
その人がメニューのどこを見ているかによって予測することが出来る。そういう市場調査にすでに利用されているとのこと。
私たちが自主的に選んでいると思っているハンバーガーも、実は戦略的に選ばされているかもしれないという話。



「視覚から、脳の動きを知ることができる」つまり、脳の動き=心の動きと考えて良いそうなので・・・


mini98まず思ったのは、
マニアックM先生が、プレジデント範士に対する自分の視点をアイカメラを使ってその映像を流されていたけれど、
その時、範士の視線はどこにあって、最終的にどこをどう見て打突されているのかがこのシステムを使う事によってわかるのではないかということです。プレジデント範士だけでなく、名選手といわれる先生方に同じ様な調査をすることで、名人の心の動きが解明できるのではないか・・・
それぞれの段位の人たちの視線の動きとどう違うのか、『遠山の目付』というけれども、それが実際に範士の視線の動きで証明されたら面白いなと。それと共に、逆に、mini98の視線とどこが違うのかが知りたいなあ・・・そんなことを一瞬、ほんの一瞬ですよ(笑)考えていた次第です。

マニアの皆さんのお知り合いで、
そういう研究をされている先生方がいらっしゃったら、
ぜひお願いしたいです!


情報お願いします!拡散希望!(笑)



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posted by mini98 at 19:25| Comment(8) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月19日

「正しく」生きる

「剣道は生きんがための術、あるいはその道を修行するものであります。その上、正しく生きる道を修行するものであります。
その上、正しく生きる道を見いだそうとする努力こそはさらに厳粛な尊いものであります。しかし、その正しさとは何かと
いう事になれば人間の生涯の問いであり、課題でありましょう。ただ人間にできる残された営みは、その生、死の迫ってくるものの前で、


いま・ここに・かく


という時間空間を合一した体験として、真剣に、この勝負の中で必勝を期して努力する。心をこめて繰り返し修業する事しか残らないのではないか・・・」
(『剣心去来』湯野正憲範士)


ボランティアおじさんじゃあないけれど、
「剣道家だから下に向かって下る事はない。上に上がるのが剣道家の習性と思っていた」

「おっちゃん、ボクここ!」と言ったところで発見してもらいたい(笑)



少しでもより良くありたいと思うのはあたりまえです。
誰もがそう思っている。これは間違いない。



プレジデント範士が先日いわれた、

「それまでのことをご破算にしてしまって、また最初から勝負している。
たとえ自分が不利な状態になったとしても、そこから何とかそこを打開するための稽古をしていない」

この言葉の意味を考えてみる。
誰もが「生きたい」と考えている。
生死が迫ってくる状況ならばなおさら。
その状況でさえも「正しく生きる」ことを求めるのが修業。



何を正しいとするのか。
相手を前にして、自分は何をかくか。
範士のいわれる「何とかする」というのは・・・


例えば、
相手が打ってきた時に、
(自分が死ぬかもしれない時に)

身体をよじってでも避ける。
相手に身体をまかせてキメさせないようにする。
などなど。

ではなくて、

ただしく「捌く」「応じる」「返す」
ということでありましょう。


ここ最近の「直心是道場」は、なんだか「グチ」っぽくなってましたが(笑)
冗談ではなくて、「死ぬ」という事をリアルに感じる年代になってきて、
「ここでどう捌いて応じて返すべきか」は普段の生活で実感できるようになってきていると思います。
(ちゃんとできているかどうかは別です)


さて、
明日からまたカンズメ状態です。


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posted by mini98 at 23:52| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月18日

昇段審査考

<剣道連盟>居合昇段、不正の温床 客観性担保なし

 全日本剣道連盟は17日、居合道の称号・昇段審査を巡り、合格依頼のために金銭の受け渡しが行われていたことを明らかにした。背景には審査に主観的な要素が多く、審査員の歓心を買うために金品が介在しやすい状況がある。

 居合道では「昇段審査」を経て初段から八段までの段位が付与されるが、剣道と異なるのは審査方法。1対1で対戦する実技などを課す剣道に対し、居合道は演武の出来を評価して判断する。このため、合否の判断で客観性を担保するのが難しい面があった。

 審査員の顔ぶれが長年同じであることも不正の一因となった。範士や八段の審査員は10人程度で構成され、主に範士が務める。審査員は大きな権限を持つ「居合道委員会」の委員が兼任することが多く、審査員の氏名は受審者に知れ渡っていた。大きな流派の頂点に立つ者が審査に強い影響力を及ぼしていたことも、全剣連は不正の背景に挙げる。

 今回の問題を受け、全剣連は、居合道委のメンバーを一新して任期を2年とし、審査当日まで審査員の氏名をふせるなどの再発防止策を講じた。スポーツ庁もこの日、段位を授与する競技団体などを対象に、調査に乗り出す方針を示した。

 全剣連によると、2012年に八段範士の審査で八段男性が審査員ら7人に対して計約100万円を支払ったほか、16年には八段審査の際に七段男性が要職を務める自らの指導者に現金約200万円を渡していた。また、審査で計650万円を要求されたとして、別の八段男性が内閣府公益認定等委員会に告発状を提出している。【田原和宏、中村有花】

(8/17(金) 22:04配信 毎日新聞)



話は違いますが、吹奏楽の顧問と話をしました。
吹奏楽の審査結果は、審査員の名前とともにその結果が公表されるそうなのです。
今回、我が校の吹奏楽部は県最高位を逃したのだけれど、その結果は微妙なもので・・・
でも、コモンにしたらそれは「しょうがない」のだそう。


「芸術なんで、演奏の技術が拮抗してくると、そこは結局、どこを見るかの問題なので、その人それぞれの基準があるんですよね・・・」



なるほど。
mini98、吹奏楽部顧問の経験もあるので(笑)
「あっ、今音はずれたよね」とか、細かい事はわからんけど、何校か聞き比べると「何となく」こっちがいいなぐらいはわかります。
でも、「あ、こっちじゃないんだ」ってことはよくありました。




でも、それはなんだか「理解できる範囲」ではあったかな。コモンの言う「芸術的な部分」っていうのはね。



さて、居合は「仮想敵」に向かっての動作なので、
そのイメージ力というか、どれだけリアルにそこを「表現できるか」ということなのかなとは思うのですが。
(居合道初段の身で、オコガマシイですけど(笑))今回は、そこを審査する審査員の判断基準にお金が絡んでたという問題でした。

そうとなれば、剣道にとって、今回の事は「対岸の火事」とは言えません。
気になったのは、今回の件を受けての剣道連盟側の受け答えです。




「(審査基準の中にある)『風格・品位』といった「わかりにくい部分」に金銭授受といった不正がつけこむ隙があったのかもしれない」




そう連盟の役員さんが答えていたけれど、
これって審査基準の問題か?今後、審査基準から『風格・品位』がはずされるのかい?
とちょっと不安になりました。


確かに「風格・品位」が審査基準というのは、一般の人からわかりにくいかもしれないけれど、
いわゆる「芸術的」な部分は残して欲しいし、だからこそそこを自分なりの視点で判断する審査員が複数人いる意味があると思う。
今回の問題は、居合道の審査員がある程度固定化されてしまっており、さらにその人に金銭を送れば、その人の審査基準が揺らぐ余地があったことが問題なのであって、審査基準そのものの問題ではない。
そこは見誤らないで欲しいと思います。



もし、そこを変えるんだったら、
もうあっさり「資格ビジネス」と割り切って、いくら払えばこの段位をあげます!にしてしまえば良いのです。



もし剣道がそうなったら、mini98は二度と審査は受けませんけどね。



剣道連盟には、今回の事をきっかけに「膿を出し切って」欲しいと思います。



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posted by mini98 at 01:14| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月17日

外からの強制

「中等教育でもだから、「標準的な身体作業」が強制される。
他社の身体との同調、共感、感情移入、「鏡像とおのれの混同」を経由してはじめて主体性を司る脳機能が基礎づけられるからである。
個性を消すためではなく、個性が育つ基盤を作るために、「他人と同じ動作」をすることが強制されるのである。」
(『武道的思考』内田樹)



主体的で深い学び。



これがこれからの教育の求めるものである(らしい)
いや、そこに生徒たちを引き上げていく、共に向かっていく姿勢は大事だと思います。

ただし、
そこに至るまでは、ある意味の「定型への強制」は必要だと思う。



超若手の教員(20代前半)と話していて、気になることがあって、
「ボクの教育論は、ちょっとmini98先生とは違っていて、教員が生徒をどうしたいかというよりも、生徒が自分はどうありたいかを大事にするべきだと思うんです」


最初、何を言っているのか理解できなかったんですが(笑)


どうやら、強制は良くない・・・ということらしい。
ちょっと熱くなりそうなので(笑)話題の方向性を変えます。


基本は大事です。
それは、ある意味「強制的」であり、「定型的」であります。
それを身につける時期、子どもたちにとっては確かに「苦痛」であるかもしれない。


しかし、やらされて来たことが大事だったのかそうでないのかを判断できる日はやってくるし、
それを判断させるためには、ある程度「外部からの強制」は大事なのだと思います。
「強制される」経験があるから、こんなこと意味ないと自分で判断して、考えることができるようになるのではないか。

例えば、校則なんて、その学校卒業して、自分で判断して必要なければ、燃えるゴミの日にまとめて出せばいいのです(笑)
要は、その判断ができるかどうかです。


明らかに校則違反している生徒を目の前にして、
普通にその生徒と雑談できる人の「教育論」に私は正統性のかけらも感じない。


だいたい、校則なんておかしい!個性が大事!
と言ってる生徒たちの格好は、たいていみんな「今時の中高生の格好」でしかない。
それを「個性」というのなら、非常に危険なことと言わざるを得ない。
「自由」にふるまっているつもりで、実は何かに縛られていることに気づいていない。
その「気づいていない」ことを私はヨシとはできない。


相手と「調和」しながらも、「対立」の気持ちを忘れない。
何を持って「対立」するのか、何を相手に迫っていくのかをはっきりさせる。


もちろん、どうそれを子どもたちに伝えていくかの「工夫」は必要です。
それを考えるのが我々の「仕事」ですから。
そこを放棄してはならないと思います。


あ、PCを10数年ぶりに更新しました。
本日は、あたらしいPCからの初投稿となります。


明日からもビシビシいきますよ!(笑)




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posted by mini98 at 00:21| Comment(2) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月15日

イメージする力

「患者さんを変えるのではない。あなたが変わる。あなたの患者さんに対する思いが変わって来ます。それが患者さんを『看る』ということです。だから我々は、病気を『見る』のではない。患者さんを『看る』のです。患者さんを看させていただく。そういう関わり合いをぜひして欲しい。そういう関わり合いの中からです。やはり辛くても苦しくても、前に進んで行こうという素晴らしいものを、患者さんから受け取らせていただくことができるのです。それが医師です」(鈴木冨雄 大阪医科大学教授)


これ、「患者さん」のところと「医師」のところ、変えて読んでみてくださいね。



先日の教員免許更新講習で講師からいわれた言葉です。
相手に対する「イメージ力」を持つこと。
生徒や保護者とどう関係を作っていくかはここに尽きる。


相手に思いをはせる。
どんな人生を送って来たのか。
どんな人たちに囲まれてきたのか。
どんな人を愛して、愛されてきたのか。
どんな風景を見てきたのか・・・


目に見えているものだけが「真実」ではない。






さて、8月15日です。
原爆資料館を訪れた高校生の感想として、
「・・・でも、原爆が落ちたのが「公園」で良かったですね」と真顔で言ったり


あの頃は食べ物がなくて・・・という語り部に対して、
「コンビニに行けば良かったのに」と本気で心配する生徒もいるのが現実のようです。



本当に、目の前の狭い範囲でしか物事を考えることができなくなっている子どもたちを、
我々大人が責めることは決して出来ない。



「イメージする力」を持って、人との関係を創っていくこと。
ていねいにそういうことを積み重ねていくこと。

平和とは、そういうことなのかもしれない。



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posted by mini98 at 22:10| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月14日

レシートください!

「コンビニの店員化する教師たち」とはウチダさんの言葉であるが・・・


そう言うと、コンビニの店員に失礼だろ!と声が飛んで来そうですが、
「商品を提供するひと」という意味でウチダさんは言われていて、
教育の場に「良い物をより安く」という消費者感覚は相入れないという趣旨の言葉です。


そのコンビニで。
以前、冷やし中華を「温めますか?」と聞かれてキレたmini98ですが(笑)
結構、コンビニの店員さんに「そうじゃないんだぜ!」という気概を見せて欲しいなと期待しています。


mini98,コンビニで必ずレシートをもらうようにしているのですが・・・
最近は、「レシートください」とこちらから申し出なければくれないことが増えて来ました。
これにすごく違和感を感じていて、じゃあ、例えば返品したいとか、商品に問題があったときに、
レシート無しで対応してくれるのかと思うわけです。

以前、商品の値段設定がおかしいと感じて、商品もって訴えたら、
「レシートありますか?」と向こうが言って来た体験があるわけです。



人間相手じゃあないですか。
相手の事を思って、気遣う気持ちを感じられる「接客」であって欲しいわけです。




近所のコンビニでは、
顔を覚えられたみたいで(笑)mini98が行くと「こちら、レシートになります!」と気持ちよくレシートをくれます。
何がどうレシートになるのかは聞かないけれどね(笑)



さてさて、そんな「めんどくさい」mini98ですが、



今回は初めての体験。いつものように買い物をして、
「こちらレシートになります」はいはい、いいですよ。
ところが、その彼がそのレシートをその流れで直接「レシート不要箱」に入れたのです。






おーいっ!ちょっと待て!







(((;゚Д ゚)))「えっ?」




「レシートください!」(笑)




・・・マニアの皆さん、コンビニでレシートは貰いましょう(笑)
今日は剣道には関わりが・・・ない?いや、あるかもよ(笑)




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posted by mini98 at 23:42| Comment(2) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月13日

ひと雫からの流れ

春霜会盆稽古。


毎年言っていますが、子どもたちが強くなっています。
それはやっぱり、恩師からの「ひと雫」からの流れがここまで続いているからだと思うんですよね。

小学生のとき鍛えた子が、中学生になり、高校生になって、mini98と試合会場で顔を会わせるようになり、
大学生・一般社会人となって、この場に毎年立っている、今年もまたその子と稽古する、そのループがここにはある。




「君たちの『強さ』はここにあるんだよ」



小学生から一般まで、ひっきりなしに(それもガンガン)懸かってきます。
ホントに、夏と冬、この稽古に参加するにはそれなりの覚悟が要ります(笑)



でも、気持ちのよい稽古でした!



稽古前の事務局長さん、憲ちゃん先輩とのフリートークタイム。
憲ちゃん先輩、東京は行かれるんですよね?


「mini98!何言っとんねん。オレらはもう仕事みたいなもんやで!」


そうですよね。mini98も行くつもりなんですが・・・
でもあれですよね、八段に限らず、その段位になってからが大事ですよね。


「まあな、もうオレらの周りは八段だらけやさかいな。オレより若い八段の奴らは、もう何も言ってもらえん・・・
それもまた、さみしいもんやな・・・」



それを聞いていた事務局長さんの目がきらりと光り・・・


「・・・でも、何も言われなくなってからが、その人の本当の人となりが顕れるんですよね!」
さらに、そのあと事務局長さんの頭の上にエコなLED電球が「ピカッ」と光ったのが見えた(何か思いついたのね(笑))



「・・・mini98さん、これ今日の「直心」で書いといてね!(笑)」




事務局長さん、これでイイッスか?




本日の最後、憲ちゃん先輩に「先輩!一本だけお願いします」
心がけたのは「気と心を別々に使う」ことであり、「打ちたくなったら打つ」機会をどうするか。
「右足」は覚悟を決めて出す。出す時は心も気も身体も一気に出す。
しかし、そんなに急にうまくいくわけでもなく、先輩の「盛り上がってきた気」は感じるものの、
「ここか!」「それともここか!」の試行錯誤。最後は面をきれいにいただく。



まだまだ、先輩には通用せんね。



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posted by mini98 at 22:47| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月12日

他者の力

大学生の息子が帰省してきました。

施設に入居中の母と一緒に父と妹の墓参りです。
墓参りを済ませ、母を施設に送ってその帰り、久しぶりに息子と話ができました。
大学の事、家族の事、将来の事・・・


中でも、

息子は現在、塾でバイトをしていたり、
一応教職の単位を取得中ということもあって、
「この前、塾の生徒の親からこんなクレームがあった」とか「教えている生徒がなかなかやる気にならん」とか・・・
そんな話になって・・・

mini98も、最近職場で考えている事や、先日の講習での話など、
まさか自分の息子と「教育問題」について、こんなに熱く話し合う日がやってくるとは(笑)


ウチダ氏は言う。
「就職と結婚は似ている」と。
結婚は、まず「自分にぴったりな相手」と出会って結婚する・・・のではなく、
まず結婚してみて、はじめて自分がどういう人間なのか、結婚に対して何を求めているかがわかる。
「自分の理想の結婚相手」を求めている限り、自分の理想の結婚相手は見つからない。

それと同じで、就職もまず「天職」「自分の適性」があって、そこから仕事を探すのではない。
「自分にあった仕事を探す」というスタンスでいる限り、自分にあった仕事は見つからない。


自分は何々ができるから、これに向いている。という考え方ではなくて、
〜のために、自分は何ができるか。自分の能力は「他者」によって爆発的に開発される。
「適性」とか実はどうでもいいのではないか。


mini98の前任校では、高1の時にmini98が担任し、どうにもこうにもならなくて、
(今思えば、mini98の力不足だったのですが)中途退学した生徒の友人たちが先日連絡をくれて、
「先生、その子が旦那さんの仕事の関係で今度外国に行くのでビデオメッセージください!」と現在の職場に
訪ねてきてくれた事がありました。

「おうおう、久しぶり!で、そいつは一体今なにしとるん?」

「あのね先生、あのあと色々あったんじゃけど、今某有名企業のビジネス上の通訳みたいな仕事しとるんよ!」

「は?・・・つ、通訳?」


・・・みたいな(笑)人生何が起こるかわからない。



きっと稽古も同じで、
「他者」にある意味自分を預けきることによって、自分の能力が最大限に開発される。
「打ちたくなったら打つんや」というキーワードを解く鍵は、イワゴン先生の話とこの「他者による自己開発」の話の中にきっとある。



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posted by mini98 at 23:09| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月10日

螺旋階段

さて、イワゴン先生からご指摘いただいた件。


この点は、言われて再認識したというか・・・
mini98は、七段いただいてから、この「右足の攻め」にそれこそ「とらわれていた」時期があって。
イワゴン先生が言われる、
「右足を出したり引っ込めたり」していたのは、それで相手を引き出しているつもりだったわけです。


ツーッと右足を出して、
そこに相手が反応して、何らかの動きをしてくれたらしめたもの。
出てくれば、相手はmini98の右足の出を見て動いてくれているので、
絶対にmini98の方が早い。
相手が止まって固まれば打てる。
避ければ、その逆を打てばいい。


もうね、なんだか「極意」を手に入れた感覚で、ずっとやってました。


ただ、それは通用しなくなるわけで。


例えば、プレジデント範士に「ツーッ」と出しても範士は知らん顔。
(一旦落ち着こう。まあ引っ込める)

ツーッ・・・(知らん顔)
(・・・んーまあ次ね。一旦引っ込める)


・・・を繰り返していたわけです(笑)


例えば、今若手の剣士が、mini98を引き出すためにツーッと出てきても、
「何やってんの?」って思う事が増えてきました。
「今は、そうじゃないでしょ?」と思うところで出てこられても、動揺はしない。
自惚れるわけじゃないけれど、七段をいただいた頃と比べて、
体力は落ちたかもしれないが、剣道の「経験値」はあがったと思う。



そして今回、イワゴン先生から指摘を受けた。
「相手を見て右足・・・じゃ遅いでしょ?」


七段とった頃と同じ事をやれと言われているのではない。
同じ事をやっているようでも、段階は確実にあがっている。
そう、螺旋階段のように。



わからない
何であろう
わかりたい
ああ、こうかな
わかりそうだ
わかりかけた
ああ、そうか、わかった
おや、やっぱりわからないな
何であろう
(『剣心去来』湯野正憲範士)



いや、この前がどうだったかなんて関係ない。


今、この時点での自分が、抱えている課題を、
とにかくクリアしていくしかない。



「打ちたくなったらうつんや!」の機会をどう捉えるか。
ここは永遠の課題となりそうです。



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posted by mini98 at 23:33| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月09日

実践の言語化

教員免許更新30時間のウチ、18時間、本日終了しました。
結果は後日連絡があるそうです。


こんな事に意味あるんか?
と、多くの教員が感じていると思いますが・・・

たしかに大学の先生にとっても、こちらとしても確かに「負担」ではあります。

ただ、mini98の感触としてはこの三日間、「この機会をいただいて良かったな」という感じはあります。
講義の内容にはよるんですが・・・(もう聞きたくないなという講義も中にはありましたが)


こういう縛り(「免許更新」すること)無しにそれぞれが積極的に研修する機会を持つのならば、
こういう制度は要らないかもしれませんね。


今回のテーマは
「児童。生徒・保護者との関係をどのようにつくるか」でした。


内容については言わないけれど、
今回思ったのは、大学の先生たちは、
「実践」している事を「言語化」する力がすごいなということです。
言われている事は、全部現場の教員としては当たり前の事で、普段から何の思いもなくやっている事ばかりなのですが、
それを今回あらためて「言葉として」目の前に示された感じがしています。



すごく新鮮な感じです。



言葉にしてもらった事で、あらためて確信を持って事に当たれる勇気をもらいました。


「実践」していることを「言語化」する作業というのは、
地味に見えて実は大事なんだなということをあらためて感じました。
剣道で言えば、稽古日誌とか、やったことをそのままにせず「文字化」することは、
次回それを「再現化」する作業に多少なりとも役立つのかな?
少なくとも、「こんな感じ」とただ記憶に頼っているよりは確かな感じがします。




「直心」もマニアのみなさまにとって、その一翼を担っていれば幸いです・・・



しかしね。
たとえば昨日の稽古を「言語化する」としたらね。



カッシー先生の「兆し」を感じた瞬間に、「足を出す」ことをやってみた、
という事です。もっと言えば、「右足と左拳を連動させる事」を意識したかな?
もっとも大事な「機会」は、マニアのみなさまおなじみの「打ちたくなったら打つんや!」です(笑)



・・・わからん(笑)



さてさて。

教員免許更新講習は30時間の講義を受けて試験に合格する必要があります。
mini98は、あと12時間(今回が合格していればですが)受講しなければいけません。
これは今月末に!



印象的だった言葉。



「知識」は「伝える」ものではなくて、
「つくる」ものである。
そういう教育のありかたが求められている。



瞬間善処。



教員としての力が問われています。



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posted by mini98 at 23:32| Comment(2) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ツーアウト満塁から

崇菱会稽古


まずはプレジデント範士の稽古後のお話から。
「稽古を見ていて・・・わかりやすく言えば、初回ノーアウトランナー無しのピッチャー・バッターの状態で稽古が始まる。打って、ご破算にして、また同じ状態から稽古を始める。ツーアウト満塁の状態でとか、一点差でとか、追いつかなければならない、あるいは追いつかれてはならないでの稽古をしている人はほとんどいない。ホントはそういう場面をつくって、そういう状況で自分はどう切り抜けるかを稽古しなければならないはず・・・」


毎回プレジデント範士の話を聞いて思うのは、
特定の誰かを念頭に置いて話をされているのではないんだろうけれども、
その場にいる誰もが「自分に向けて話をされている」ときっと思っているだろうな、という話をされる。
これはもう、世界文化遺産に認定されてもおかしくない(笑)


カッシー先生との稽古。
とにかく、相手を見すぎない。感じたら打って出てみる。
「打ちたくなったら打つんや!」でやってみる。

・・・結構スラスラと技はでたが、今考えれば、冒頭の話の通り、
ご破算で稽古しているから(カッシー先生は気の継続がある)じわじわと追いつめられて・・・
最後は面でしとめられる。


それからの稽古も同じで・・・
お銀姉さんも「気の継続」が充実しているので、初太刀に面をいただいた。
若手との稽古も、mini98の「いい形」からの技は決まるが、そうでない場面では、
棒立ちになったり、むかえ突きになったり、打たれたりで簡単に終わってしまう。
本当は不利な場面での対処が必要なんだよね。



まさに「剣道を習うという事は、自己を習うということである」


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posted by mini98 at 06:19| Comment(0) | 稽古記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする